ハロウィン・カーニバル [6] |
| ハロウィン・カーニバル [6] かがり火の真上に手をかざした影山は、思った通りだとほくそえんだ。 熱さを、感じない。 「悪いけど、まだ俺はお前たちの仲間にはなれない」 くるりと振り返って悪霊たちを見据えると、影山は燃え盛る炎の中に腕を突き入れた。 兄貴が、俺を、呼んでるから・・・。 * * パチパチと炎がはぜる音が、すぐ近くで聞こえる。 かがり火の側で横たわっているらしい自分と、その隣に座る矢車の姿があった。 家々の明かりと、ススキを揺らす少し冷たい風。 「・・・兄貴」 うまく体を動かせず、顔だけ矢車の方に向けて影山は掠れた声を出した。 喉がカラカラに渇き、手足の先はしびれたように痙攣していた。 「水だ。飲めるか?」 「うん・・・」 背中を支えてもらいながら、矢車が差し出す紙コップを影山はゆっくり口元に運ぶ。 「俺、どのくらい寝てたの・・・」 「まる一日。今日は31日だ」 かがり火が上げる火の粉と、得体の知れない臭いが周囲に漂っている。 「ひどい臭いだね」 影山が鼻をつまんで言うと、矢車は少し怒ったような顔をした。 「誰のためにしてると思ってる。そもそもお前が、無鉄砲なことをするから、こんなことになるんだ!」 「・・・うん、ゴメン」 肩をすくめて、影山は素直に謝った。 分かっている。 あの洋館で何が起こったのか、今でもはっきりとは思い出せない。 外傷はなかったものの、意識のヒューズは完全に切れてしまっていた。 折りしもハロウィンの夜。 影山の魂を現世に呼び戻すためのまじないが、運良く効を奏したようだ。 「まさか、こんなインチキが利くとはな」 もともと矢車はこういった類のことを、信じる方ではない。 だが意識不明の相棒を目の当たりにして、藁にもすがる思いで試みた。 事前に防げなかったことを、ひどく悔いながら。 「・・・あ、待って兄貴」 火を消そうと立ち上がる矢車を、影山が押し留めた。 「かがり火はもう少し焚いてようよ。せっかくのハロウィンだし」 効果の真偽はともかく、この明かりが自分を矢車の元に導いてくれたのは確かで。 消してしまうのは、もったいない気がする。 「ひどい臭いだろうが」 「あの粉末を入れなきゃ、大丈夫だよ」 笑顔を見せる影山に、矢車も安心したように表情を和らげた。 「腹減ってるだろ?」 矢車に問われ、そういえば、と思い至る。 空腹を意識できるのは、生きている証。 「パンプキンパイ食べたい」 「カボチャあんぱんに、しとけ」 そのやり取りにデ・ジャ・ブを感じ、影山はひとりで笑った。 不思議そうな顔をする矢車に分かってもらうには、一から説明しないと。 まあ、いいか、と影山は思う。 (どこから話そうかな・・・) ハロウィンの夜は、長い END ※初めに考えていたものと違う方向に行ってしまいました(--; 矢車さんの吸血鬼コスプレが書きたかっただけだったり(笑)。 |
ハロウィン・カーニバル [5] |
| ハロウィン・カーニバル [5] 街外れの、古めかしい洋館。 ワームが潜伏しているらしいと知って、兄貴が止めるのも聞かずに俺は偵察に行った。 でも、そこにいたのは、ワームではなく 「うっ・・・」 ズキンと頭が痛み、影山は呻いてぎゅっと眼を閉じた。 何かを思い出しかけたのに、また記憶は遠のいてしまう。 「・・・お前も俺と来るか、相棒?」 徐々に消え行きながら、矢車は戸惑う影山に手を差し伸べた。 空気に溶け込むように、その輪郭もぼやけていく。 「俺と一緒にいたいなら、お前も来ればいい」 (兄貴と一緒に・・・) 伸ばされた矢車の手に触れようとするが、さらに頭が割れるように痛み、思わず手を引っ込める。 これは、警鐘だ。 (思い出せ。何か、忘れてる・・・) 影山はもう一度眼を閉じた。 消滅していく矢車の姿を視界から追い払うために。 目の前で見ていれば、すがりつきたくなる気持ちにどうしても逆らえない。 そうだ。 あれは、ハロウィンの前日だった。 「・・・お前、あの洋館にいた奴・・・だな?」 ようやくはっきりしてきた頭から、記憶が断片的に再生されていく。 今矢車の姿をしているモノは、洋館で影山が遭遇した存在だろう。 すでに白いモヤのようになったそれは、一瞬驚いた顔をして。 「・・・正解!」 ケラケラと笑い、宙を浮遊し始めた。 やがて別の白いゴーストたちも集まって、次々と周辺を舞う。 (逃げなきゃ・・・!) しかし、どこに逃げればいいか分からない。 風景はもはや馴染んだ土手ではなく、現実のものともつかない、暗闇の中に影山はいた。 ただ見えるのは、かがり火の明かりだけ。 (兄貴・・・助けてよ、兄貴!) 洋館に自分が単身乗り込んだ時も、なんだかんだ言いつつ、矢車は来てくれた。 「無茶しやがって」と罵倒されたけど、自分を心配してくれるがゆえの台詞だと分かっていたから。 『俺がお前に危害を加えるわけ、ないだろう』 矢車の声が思い出される。 『かがり火は、悪霊から身を守るためのものだ』 そんな言葉が、影山の脳裏にフラッシュバックした。 (・・・かがり火・・・) ずっと燃え続けている炎は、目印だ。 恐ろしくて避けていたけれど。 影山は、現実とつながる、この唯一のものに向かって駆け出した。 『もっと火のそばへ来い』 「・・・うん、兄貴」 あの時は、逃げ出してしまった。 でも、今度は。 →NEXT |
ハロウィン・カーニバル [4] |
| ハロウィン・カーニバル [4] はあはあと肩で息をしながら、影山は数歩後ずさった。 「兄・・・貴・・・」 洋包丁が刺さったままの矢車の体から、血は流れていない。 砂と化し、崩れていく矢車のさまを、影山は呆然と見守った。 重力に従って、ストンと音もなく落ちる刃物。 何がどうなったのか。 「兄貴・・・兄貴、どこ?」 震える手をゴシゴシとコートにこすり付けて、影山は本能的にそう呼ぶ。 魔物の瞳のように、細く赤い月が笑っている。 殺した、殺した、兄貴は死んだ。 お前が、その手で、殺した。 ケタケタという哄笑とともに、そんな囁きが聞こえてくる。 「死んでないっ、あいつは兄貴じゃなかったんだ!」 姿の見えない相手に向かって、影山は叫ぶが。 止まない笑い声にたまらなくなり、耳を塞いでうずくまる。 「・・・本当にバカだな。だから言ったのに」 「・・・兄貴っ?」 聞き慣れた声に、跳ねるように顔を上げて見れば、そこにいたのは確かに矢車で。 腕組みをして影山を見下ろす様子は、いつもと何も変わらなかった。 魔物でもない。普段通りの兄貴。 ほっとして、影山は矢車に駆け寄った。 「よかった。俺、てっきり・・・」 その笑顔が途中で凍りつく。 「兄貴・・・体、透けてる」 影山の言葉に、矢車は苦笑した。 半透明な体の背後には、依然として、かがり火が火の粉を散らして燃えているのが見える。 「仕方ない。さっき、俺はお前に殺されたんだ」 「さっき・・・って」 「お前が刺したろ? 俺を、そいつで」 矢車は、地に落ちたままの洋包丁を指差した。 「今夜はハロウィンだ。本当の俺が自由になれる日だったのに、お前のせいでパアになっちまった」 「本当の・・・兄貴・・・」 「そう。今まで一緒にいて、分からなかったのか?」 その犬歯を見せ付けるように、矢車はニッと笑う。 「俺の言うことを聞いていれば、ずっと一緒にいられたのに」 「・・・え」 矢車の体がどんどん薄くなっていくことに気づいて、影山はギクリとした。 矢車が魔物だった・・・? 今まで自分をだましてた・・・? でも、なにより衝撃を受けたことは。 「それ、どういうこと? もう一緒にはいられないってこと・・・?」 かすれた声をなんとか絞り出す影山に、矢車は優しげに微笑んだ。 「らしいな。俺はもう、死んでしまったから」 →NEXT |
ハロウィン・カーニバル [3] |
| ハロウィン・カーニバル [3] 矢車の手に握られていたものは、刃渡りが長く大きい洋包丁。 それが自分に振り下ろされるのを感じ、影山は慌てて避けた。 「あ、兄貴・・・何・・・を」 「・・・大人しくしてろ、すぐ済むから」 冷たい瞳で矢車はそう宣告する。 今までどんな時でも、矢車を怖いと思ったことなど一度もなかった。 裏切りや駆け引きと、色々あったけれど。自分と矢車の間には、見えない絆があり、どこかで繋がっていると信じられたから。 でも、今は・・・。 「来い、相棒」 ぐいと腕を引かれた影山は、自由になる方の手で矢車の手を打ち、包丁を叩き落した。 地に落ちた刃物を、影山は反射的に拾う。 「俺を、殺す気だったのか? どうして・・・っ」 震える声で影山は聞いた。 油断していると、思わず泣きそうになってしまう。 「俺がお前に危害を加えるわけないだろう?」 矢車の言葉は限りなく優しい。 だが、その瞳には狂気の炎が燃え、口元は歪んだ笑みの形をしていた。 「今日の兄貴、変だ・・・。こんなの・・・」 「何言ってる。いつもと同じだ」 矢車の手が差し出される。 凶器を渡せ、と。 「これで、何をするの・・・?」 「決まってるだろ」 その時、矢車の周囲に先程からザワザワとうるさかった物たちが集結したように、影山は感じた。 「・・・お前を、救ってやるんだよ」 ニヤリと笑ったその口元から覗くのは、大きな2本の犬歯。 背には蝙蝠を思わせる黒い翼。 まさにその姿は、美しくも恐ろしい吸血鬼そのもので。 (嘘だろ・・・) これが、兄貴の冗談で、ただのハロウィンの仮装であってくれたなら。 そんな影山の想いは、次の瞬間にはあっけなく吹き飛んだ。 「・・・つっ!」 むきだしの右腕に走った痛みに、影山は顔をしかめる。 肘から下に一筋の赤い線が滲み出した。 包丁を手放さなかったのは、上出来だろう。 「手間をかけさせるな」 刃物を使うのを諦めたのか、矢車の鋭く長い爪が一閃する。 (これは、悪霊だ。兄貴のはずない・・・!) 「消えろ、お前なんか!」 「どうした相棒・・・」 「うるさい、お前に相棒なんて呼ばれたくないっ!」 自分を相棒と呼べるのは、「兄貴」だけだ。 「・・・俺の兄貴を返せ!」 無我夢中だった。 影山は必死に叫ぶ。 気が付くと、影山は吸血鬼の腹に刃物を突き立てていた。 →NEXT |
ハロウィン・カーニバル [2] |
| ハロウィン・カーニバル [2] 「や、やめよう兄貴。なんか変だよ・・・」 矢車の雰囲気がいつもと違う。 「・・・まだ、これからだ」 かがり火から離れようとする影山の腕を、矢車は強く掴む。 何かの粉末をかがり火に入れると、そこから胸の悪くなるような異臭が立ち昇った。 いくら土手とはいえ、近くの家々から苦情が来るのではないかと思うくらい凄まじい臭いだ。 「何だよっ、これ!」 ゴホゴホと咳き込んで涙目の影山の腕をつかんだまま、矢車は言う。 「生贄の代わりだ。さすがに、本物は使えないからな」 「生贄・・・って」 おそらく、かがり火と一緒にあの怪しげな店で買い込んだものだろう。 周りのざわめきが、耳につくほどになってきた。 しかし、人の姿も気配もない。 感じるのは、寒々しさと得体の知れない恐怖感だけ。 (死霊・・・悪霊だ、きっと・・・) 先ほどの矢車の言葉を思い出し、影山はぞくりと身震いした。 矢車がかがり火を焚き始めてから、様子が妙だった。 立ち上がる炎を食い入るように見つめる矢車の顔は、火明かりで赤く縁取られ、どこか禍々しく見える。 (兄貴・・・こんな顔してた?) 薄く笑んでいる矢車に、影山は恐る恐る声を掛ける。 「兄・・・貴」 「なんだ、相棒?」 影山の方を向いた矢車の顔は。 (兄貴じゃ・・・ない・・・!) 直感的に影山はそう思った。 矢車の姿ではあるが、矢車ではない。 それは狂気に支配された殺人鬼を連想させ、爛々と輝く瞳で影山をいざなった。 「もっと火の側へ来い」 「・・・は、離せっ!」 咄嗟に腕を振り払い、影山は駆け出した。 怖かった。 まるで、悪霊に取り囲まれているようで。矢車が何か別の怪物に変わってしまったようで。 あれは、本当に矢車なのだろうか。 一体なぜこんな奇妙な事を始めたのか。ハロウィンの夜に。 (ブギーマン・・・) ふと影山は、昔観たハロウィンのホラー映画を思い出した。 ハロウィンの悪魔、暗闇に潜む怪物。 (・・・まさか、でも) 「相棒!」 矢車の声に足を止めて振り返った影山の視界に、鈍く光る刃物を振りかざす矢車の姿が映った。 →NEXT ※なんか、自分で書いてても怖いんですけど・・・(苦笑)。 |
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