トライアングルハーフ [7] |
| トライアングルハーフ [7] 黒崎への用事を済ませ、マンションに戻ってみると、案の定、瞬がいない。 俺よりもだいぶ早くに帰ったはずなのだが。 「・・・ったく、暗くなってから出歩くなと言ってあるのに・・・」 着替えることもせず、スーツのまま再び外に出てドアに鍵をかける。 たとえ入れ違いになっても、瞬は鍵を持っているから大丈夫だろう。 闇が落ちて、夜が来る。 異形のものたちが、徘徊する時刻、だ。 * * 「・・・瞬!」 初めて瞬と出会った渋谷廃墟。 その同じ場所で、瞬は同じように膝を抱えてうずくまっていた。 「いつまで拗ねてる気? ここにいたら、誰かに見つかるぞ」 「・・・別に構わないさ」 俺の言葉に、瞬はニッと笑ったようだ。 はっきりと表情は分からない。なぜなら・・・。 「矢車さん。俺にはもう、あんたは必要ない。俺は俺の使命を果たす」 「バカ言うな・・・」 昼間の様子とは、ガラリと豹変した瞬。 最近、瞬は夜になると時折こうなる。 おそらく、人間社会の中でいろいろなことを「学習」し、自我が生まれてきたゆえなのだろう。 いつまでも、幼いままではいられない。 そう、俺たち人間だって。 「お前の使命を、俺は邪魔する気はない。だが、時期を読め。今お前が暴走しても、ZECTに殺されるだけだ」 「じゃ、矢車さん、あんたが俺を殺すんだね」 「・・・命令があれば、な」 苦渋を顔に出さず、俺は答えを返した。 ビクリと瞬の体が跳ねたように見えたのは、俺の気のせいだろうか。 「なら、殺られる前に殺るしかないだろ!」 言うや否や、瞬は俺めがけて腕を振り下ろす。 数ミリの差でかわす俺の耳の側で、風がうなった。 銃など使わなくても、半分ワーム化した瞬の体は、固い殻に覆われ、体そのものが武器になる。 (強くなったな・・・) この場でこんな思考はおかしいかもしれないが、瞬の成長ぶりに改めて驚き、喜んでいる自分がいる。 ZECTでの訓練も、しっかり身に付いたらしい。 変化した今の瞬に、腕力でかなうわけはない。 かといって、瞬相手に銃を取り出すつもりなどなかった。 防戦するだけの俺だったが、足元に転がる瓦礫でバランスを崩してしまい。 その隙を見逃さす、瞬が俺の体を地に伏せた。 「つっ・・・」 瞬は俺の上に馬乗りになり、俺の首に容赦なく指を巻きつける。 ゴツゴツと背に当たるコンクリート片と変わらないほど、瞬の指は固く冷たく。 しかしいつまで待っても、いっこうに握力を強めてこない。 「・・・どうした? 殺すんじゃないのか」 そう切り出したのは、俺のほう。 「・・・うるさいなっ」 ギュッと一瞬力を込めたものの、俺が苦しげに表情を歪めると、瞬はすぐに手を緩めてしまった。 まだ、瞬は甘い。 人間社会の退廃を、ZECTの歪みを、この世界の不条理を栄養にして、瞬の心は育っているはずなのに。 瞬の中にあるワームの血は、俺を手にかけたがっているはずなのに。 「もう少し、生かしといてやるよ・・・」 ポツリと呟いて、瞬は俺の上から離れた。同時に、再び人間の姿に戻っていく。 「賢明な判断だ」 コホコホと申し訳程度に咳き込みながら、俺は体を起こした。 どうあがいても、必ずその時期はやってくる。 『天空の梯子計画』とともに。 だが、今のところは・・・。 「さ、帰るぞ。腹も空いたろ」 何事もなかったような、いつも通りの会話。 瞬のワーム化が進み始めて以来、平常時は出来る限り日常を保つことが俺たちの決まり事になっていた。 「俺、麻婆豆腐食べたい・・・」 「今からじゃ無理だな。せいぜいチャーハンか」 「えー、もっと腹にたまるものがいい」 「贅沢言うな」 他愛ない会話をかわして、俺も瞬も笑い合う。 この平穏は、決して虚飾ではなく、俺にとっても瞬にとっても幸せな時間だった。 ただその幸せが、いつ壊れても不思議じゃないことを、俺たちは互いに知っている。 それだけの、こと。 →NEXT |
トライアングルハーフ [6] |
| トライアングルハーフ [6] 「ZECTがワームを倒すための組織だなんて、矢車さん、言わなかったじゃないか!」 「治安を守る組織だと言ったはずだが」 珍しく瞬が俺に食ってかかる。 今や立法も司法もZECTの影響下にあり、ワーム壊滅だけがZECTの役割ではない。 腐った世界から膿を出し、完璧な新世界を創造すること。 俺がZECTにいる目的は、そこにある。 「ワームと戦うとこだって知ってたら、俺・・・入らなかったよ」 「だろうな」 「じゃ、俺をだましたの?」 「・・・そうじゃない」 どう説明したらいいものか、と俺は溜息をつく。 もとより瞬を戦場に送り出すつもりはなかったし、「天空の梯子計画」が無事に終わるまでは、ZECTにいた方がかえって安全だと判断したのだが。 理屈では割り切れない部分もあるだろう。 特に、瞬にとっては。 「・・・警察だって、人間を倒すためにあるわけじゃない。それと同じことだ」 計画の真の意図は、たとえ瞬にも明かすことはできなかった。 ZECT総帥と限られた一部の者のみが知る、トップシークレット。 真実が漏れれば、大和さんですらネオゼクトに寝返るかもしれない。 「どこが同じさ! ウソツキ!」 叫んで、瞬は駆け出して行く。 その後姿を目で追ったまま、俺はポツリと呟いた。 「・・・早く帰っても、メシだけは作らないでくれよ」 * * 三島さんの指示を受け、俺はある人物のもとを訪れた。 ZECT直属でありながら、切り札もしくは暗殺者としての位置にあるため、彼の存在は公にはされていない。 「・・今日は、おひとりですか」 白い帽子を取って慇懃に挨拶した後、その男は言った。 黄金のライダー・黒崎は、屈強なガタイには不似合いなほど優雅な動きをする。 「ええ、嫌われたようで・・・」 黒崎が、誰の事を示しているかは分かっていた。 以前、瞬に会わせたことがあったから。 だから、続く言葉の意味合いも理解した。 「完璧にこだわる貴方が、中途半端な彼に入れ込むとは、どうした風の吹き回しでしょうね」 「・・・中途半端?」 黒崎が何をどこまで知っているかは、あくまで俺の憶測の範囲に過ぎない。 もっとも厄介な信念を持っていない分、扱いやすく、安心な相手ではあったけれど。 「瞬は、パーフェクトですよ」 「・・・というと?」 知られても問題ないだろう、この男には。 「・・・瞬は、人間とワームの、完璧な融合です」 →NEXT ※よもや黒崎さんが出てくるとは・・・自分でもビックリ(笑)。 |
トライアングルハーフ [5] |
| トライアングルハーフ [5] 織田を筆頭に、風間や修羅、そしてZECTメンバーの約3分の1が、ZECTに反旗を翻した。 ネオゼクトという組織を結成して。 「我々の敵は、ワームだろうが・・・分からずやどもが!」 報告を受けた大和さんは、廊下の壁を思い切り拳で打った。 壁にヒビが入りそうなその剣幕に、俺の後ろにいた瞬がビクリとする。 「ネオゼクトだと? バカな! この上、人間同士が戦って何になる」 「ええ。しょせんは、人類の支配権を巡る争い・・・」 従順な部下らしく、俺は大和さんに同意を示す。 けれど、本心では、どうでもいい。 むしろ、勝手にすればいい、という気持ちだろうか。 「・・・どうして、織田さんたちはZECTを抜けたんですか?」 おずおずと瞬が口を開いた。 黙らせようとしたが、大和さんは瞬の問いに関心を持ったらしい。 ほぉ、という顔で、瞬の正面に回る。 「・・・そうだな。いつまでたってもワームを倒せない、弱いZECTに嫌気が差したんだろうさ」 「ZECTはワームを倒すための組織なんですか?」 「もちろんだ」 大和さんの表情は、何を当たり前なことを聞くのか、と言わんばかりだったが。 俺としては、「かつては、そうだった」と訂正したい。 「織田たちは、世界がZECTに支配されるのが気に入らないんだ」 大和さんの手前、俺は言葉を選んで、やんわりと言う。 彼らはただの反乱分子に過ぎない。人類を救うためのプランなど、何も持たず。 信念だけで、世界が良くなるはずもないのに。 「くそっ、ワームに壊滅的な打撃を与えることさえできれば・・・!」 ZECTに強い忠誠心を持つ大和さんに、俺は少しだけ眉を顰める。 瞬はといえば、その言葉に衝撃を受けたようで。 「・・・どうして、ワームと共存しようとしないんですか?」 先程から、質問しか発していない。 まずいな、と俺は思った。 「共存だと!? 奴らは侵略者だぞ? 殺るか殺られるかしか、あり得ない」 「そんな・・・っ」 「すみません大和さん。私たちは、これから訓練がありますので」 険悪な雰囲気をかもし出す二人の間に割って入り、俺は瞬の腕を引く。 何か言われる前に一礼をすると、瞬を連れて足早に歩き去った。 「・・・った、矢車さん、痛いってば!」 強引に引っ張られた瞬は、抗議の声を上げる。 大和さんから見えない位置まで移動した後で、俺はその手を離してやった。 「ヒドイや、手の跡付いちゃってるよ」 「馬鹿言え」 わざとらしく腕まくりをして、赤くなった腕を見せ付けるものだから。 「・・・悪かった」 とりあえず謝っておいて、瞬の鼻先に指を突きつける。 「無事でいたかったら、事を荒立てるな。大和さんの言う事は聞き流していればいい」 「だけど・・・!」 「いきがるな。そのうち、全て上手くいく」 言い聞かせるように、ゆっくりとそう告げた。 瞬の気持ちは分かる。 感情を隠せないのは、まだ幼い証拠だという事も。 だが、はかりごとは、黙っていてこそ、価値があるものだ。 →NEXT |
トライアングルハーフ [4] |
| トライアングルハーフ [4] ZECT総帥であり加賀美新の父親でもある加賀美陸や、三島さん、他の幹部たち、そして大和さんや、織田、俺といった実働部隊の指揮官が一堂に会しての話し合い。 ワームへの対策だけでなく、高まる政情不安をどう解消していくか、が課題となる。 「ワーム壊滅より、水不足の解消の方が重要でしょう。今は、『天空の梯子計画』の早期実現に尽力すべきです」 俺の提唱する折衷案は、総帥はもとより、ZECTの大方の支持を得ていた。 けれど、織田が頑として反対を示す。 「ZECTの使命は、ワームを倒す事だ。水不足の件は、本来の政府に任せるべきじゃないのか? 民衆からは、軍国主義の再来だと批判も強まっている。独裁政治に突き進む気か!」 咆えていればいい。 そうやって、正義をふりかざせばふりかざすほど、ZECTのお偉方は眉を顰めるだけだ。 「落ち着け、織田。何もワームに対して、手を打たないわけじゃない。ワームは俺たち実働部隊が全力を賭して・・・」 「それで? そう言いながら、7年間何も変わっちゃいない」 本来は戦友同士の、大和さんと織田。 しかし大和さんの説得にも、織田は耳を貸さない。 「・・・腐ってる! 結局あんたたちは、自分たちの権力を強めることしか考えてないんだろう」 織田はバンと机を叩いて、言い放った。 大きく足音を響かせて退出する織田を止める者は、誰もいない。 修羅の情報通り、織田の離反は確定。 「申し訳ありません。私がもっと計画において、確定要素を提示できればよかったんですが・・・」 毛ほども思っていない口先だけの謝罪を述べる。 「いや・・・。直情過ぎるんだ、あいつは」 ふぅと息をついて、大和さんは額を押さえた。 「・・・そうですね」 俺は同情を示す素振りで、悟られない程度に口の端に笑みを浮かべていた。 正論を唱える者がいなくなった結果。 ようやく、『天空の梯子計画』の正式な発令が決定した。 この地球に彗星を引き寄せる、『天空の梯子計画』。 氷と塵でできた彗星は、干上がった地表に海を戻すだろう。 そして。 別種の生命が、人類全体を良い方向に導いてくれるはずだ 「会議、どうだった?」 家に戻った俺を、無邪気な笑顔で出迎えてくれる瞬。 「ん? ・・・順調さ」 わずらわしいマントを取り去り、手袋をはずす。 「夕食作っておいたよ。この前矢車さんが作ってくれた麻婆豆腐、俺もやってみたんだ」 「お前が?」 心配になってキッチンに向かうと、シンクには焦げた鍋や割れた皿、汚れたままの食器類が山と置かれていた。 「初めて作ったからさ。で、でも味はおいしいよっ」 慌てて言い訳する瞬に、俺は「後で片付けろよ」と苦笑する。 「どれ、じゃあ味見・・・」 「あ、まだダメだってば!」 小皿に少し取って、口に運ぶ。 見た目は普通の麻婆豆腐で、豆腐の大きさもまあ問題ない。多少なら味の調整もできると思ったのだが。 「・・・砂糖、何杯入れた?」 「え、5杯かな」 大さじ山盛りで、と付け加えられては、もう頭を抱えるしかなかった。 「味見は、したんだよな・・・?」 「うん、もちろん」 その様子から察するに、瞬にとっては好みの味付けらしい。 菓子やら何やら、甘いものが好きだとは知っていたものの、これはさすがに・・・。 「だって、矢車さんが作ってくれたのも美味しかったけど、ちょっと辛かったもん」 辛いのが当たり前だという言い分は、こちらの勝手な基準で。 味覚が異なっていれば、それを押し付ける権利などない。 「・・・これからは、遅くなっても俺が料理するから。お前は何もするな」 夕食を食卓に運びながら、俺は瞬に釘を刺す。 「どうしてさ」 「慣れない手付きで、怪我でもされたら困る」 瞬の指に巻かれた絆創膏。 麻婆豆腐を匙ですくったまま、俺はその匙で瞬の苦戦の証を指し示した。 「こ、これは、その・・・」 さっと指を後ろに隠すが、もう遅い。 「少しの傷でも、破傷風という恐ろしい病気になることもあるんだぞ」 「わ、分かった・・・」 このぐらい脅しておけば、二度と包丁には触るまい。 ひとまず満足して、俺は最初で最後の瞬の手料理を味わった。 →NEXT |
トライアングルハーフ [3] |
| トライアングルハーフ [3] 「あれ、そいつ新入りですか?」 ガタックの資格者、加賀美がにこやかに声を掛けてくる。 「ああ。訓練生の・・・影山だ」 加賀美なら、瞬と歳も近い。 仲良くなれるだろうと紹介しようとしたのだが、瞬はさっと俺の後ろに隠れてしまった。 「・・・嫌われちゃってるのかな、俺」 握手のために差し出した手を引っ込めて、加賀美はポリポリと頭を掻く。 「いや、悪いな。人見知りするんだ」 俺は背後にチラリと目をやった。 大和さんや他の隊員たちにはそうでもなかったのだが、瞬はどことなく不貞腐れているようだ。 きちんと挨拶しろ、と目で訴えると、瞬はおずおずと手を出した。 「・・・よろしく」 「よろしくな、俺は加賀美新」 物怖じせず、裏表のない好青年。それが、たいていの人間が加賀美に持つ印象だろう。 「どうした? 加賀美は信用できると思うが」 むしろZECTにおいては、不似合いなほど正直な男。 加賀美が行ってしまったのを見届けて、俺は瞬に尋ねてみた。 「・・・だって、矢車さん、あいつの事気に入ってる」 「・・・え?」 瞬の言葉に、思わず目を丸くする。 親が別の子をかわいがると、子供が拗ねるように。 俺の心を読んで、瞬はあんな態度を取ったというのか。 ・・・それにしても。 「俺の事は別にして。お前自身には、加賀美はどう見える?」 「・・・澄んだ青空。どこまでも、青くて広い」 たどたどしく伝えようとする瞬に、なるほど、と俺は思った。 瞬は人の性質や感情を、直感として感じ取るのかもしれない。 「・・・じゃあ、俺は、お前にはどう見えてる?」 少しばかり勇気のいる質問だった。 お世辞にも良い人間とは言い難い、この俺は。 「矢車さんは、透明だよ」 予想もしなかった瞬の答えに、声が詰まった。 何を、馬鹿な。 俺が黙ったままなので、瞬は不思議そうに首をかしげる。 「きれいな氷みたいに透き通ってる。だけど、黒いものが下からだんだん広がってきてる」 「黒いもの・・・」 「うん。なんだか分からないけど、きっと良くないものだ」 指摘されるまでもない。 それは俺自身がよく知っている。俺のZECTでの立場や、これから成そうとしている野望を。 ZECTは、じきに分裂する。 その時が、俺にとって好機となる。 「そこまで見えるなら、どうしてまだ俺の傍にいるんだ」 自分の選んだ道を引き返す気はないが、他人まで巻き込むつもりはない。 瞬が俺から離れるというのなら、止めようとは思わなかった。 もう、瞬は一人でも大丈夫だろうから。 「離れないよ、俺は」 俺の考えを察したらしく、瞬はまっすぐに俺の目を見て言った。 「どんなに黒く覆われても、そんなの表面だけだ。だって本当の矢車さんは・・・」 いつまでも透明だもん。 そう瞬が続けるのを最後まで聞かないうちに、俺を呼ぶ大和さんの声。 「矢車、ミーティングだ!」 瞬に先に帰るよう言い渡し、俺は足早に向かう。 これから来るべき、戦の場へ。 →NEXT |
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