聖夜は静かにふけて [4] |
| 聖夜は静かにふけて [4] 結局、翌朝早く、俺と兄貴はオスロに戻る列車に乗った。 ふたりして無駄な列車代を使ってしまったわけで、これからどこかに出掛けるなんて事は、体力的にも予算的にも無理だった。 「・・・綺麗だねー、兄貴」 凍った湖面に雪山。 もういい加減見慣れた感があって、それほど感動できる景色でもなかったけれど。 「そうだな・・・」 兄貴も窓枠に寄りかかり、うとうとしながら返事する。 くたびれた体で、ようやくオスロに戻ってみれば。 街の店という店はすべてシャッターが下りている。 レストランで何か食べようと思っていたのに、それどころか食料品を買うこともできない。 「な、なんで店閉まってんだよ。クリスマスなんて書き入れ時だろっ」 「そう考えるのは、東洋人くらいなもんだ」 この状況を予測していたような、兄貴の答え。 「クリスマスには仕事は休み、もちろん店も。・・・家族と過ごすための大切な日だからな」 「家族・・・」 その言葉が心にツクンと引っかかる。 普段からは考えられない静かな街並みを、俺と兄貴は黙って歩いた。 こんなにひっそりとしたクリスマスは、初めてかもしれない。 今まで一人きりの時でも、街に出ればそれなりに賑やかだった。 「卵と、野菜が少し・・・あとはパンか」 アパートに戻ると、兄貴はさっそく冷蔵庫をチェックする。 「ほとんど買い置きないよ。店が開いてないなんて、思わなかったもん」 少し不貞腐れて、俺はコートを着たままベッドに倒れこんだ。 「靴ぐらい脱げよ」 「・・・はーい」 チラリと俺に視線を向ける兄貴。まったく、目ざといんだから。 「・・・疲れた・・・」 ぼんやりと天井を眺めながら、ぽつりと呟いてみる。 家にたどり着いた途端、気が抜けたのか、急激に疲れと眠気が襲ってきた。 どうせ、外出しても仕方ない。アパートの中にいても、何もすることがない。 白夜の国でも、やっぱり俺たちは、世間からのけ者にされているのだ。 そのまま少し眠ってしまったらしく、起きた頃には外はすっかり真っ暗。 もっとも時計を見ると、まだ4時そこそこ。 部屋の明かりも点いていなかったので、兄貴がいないのだと分かった。 「俺が寝てる間に、出掛けちゃうなんてさ」 寝起きの機嫌の悪さも手伝って、どこかに文句をぶつけたい気分だった。 「・・・兄貴のバカ、ツンデレ、ムッツリスケベ」 「・・・誰が、バカでツンデレでムッツリスケベだ」 タイミング良くというか悪くというか、コートや頭に付いた雪を払い落としながら、兄貴が部屋に入ってきたのは、ちょうどその時。 でもしっかり、悪態は聞こえていたらしい。 「あ・・・兄貴おかえり。雪、降ってたんだ」 人の悪口を言っていると、その人が現れるというが、まさにそれ。 俺は内心冷や汗をかきつつ、話をすり替えた。 「どこ行ってたのさ、こんな日に」 兄貴はジロッと俺の方を睨んだ後、諦めたように溜息をつく。 「・・・知り合いに少し分けてもらった。これで、一応クリスマスディナーらしくなるだろ」 手に持った包みをガサガサと開くと、ポークリブの塊があった。 「まだ早いが、昼も食ってないしな。腕をふるってやるよ」 そんな風に言う兄貴を見ていられず、俺は顔を背けた。 どうして・・・。 「・・・して、今日は・・・そんなに優しいんだよ・・・」 うっかりすると、目から熱いものがこぼれそうになる。 俺のせいで、せっかく兄貴が計画してくれたフィヨルド観光がダメになって。今だって、こんな雪の中、兄貴が食材を調達しに行ってくれてたのに、俺はずっと寝てただけで。 いつもは全然優しくないくせに。 「・・・いつも通りでいいよ。クリスマスが台無しになったのは、俺のせいなのに・・・」 ほとんど子供の八つ当たりと同じだ。 そう分かっていても、荒ぶった感情は止まらない。 「俺を責めればいいだろ。なんで、怒んないんだよ!」 「本当にバカな奴だな、お前は」 わずかに怒りを滲ませた眼差しで、兄貴は俺の襟元をぐいと引っ張る。 「ちょ・・・セーターのびるだろ、兄貴っ」 「いいか。宿無しだった俺たちが、今こうして日の当たる生活をしてる。何が、台無しだ? 俺たちはもっと深い闇を見ただろう。それに比べたら、何をそこまで落ち込めるんだ」 「・・・そりゃ、そう・・・だけど」 「なら、うるさく言うな。大人しく待ってろ」 俺のセーターを押し離して、すたすたと兄貴はキッチンへ向かった。 思い切り掴むもんだから、セーターは無残なことに。 「・・・やっぱ、優しくない」 独り言のようにそう言ってみたが、堪えきれなくなった涙がポタリと落ちる。 やがてキッチンから、肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。 今日は、クリスマスイブで。 外で楽しく遊ぶことはできない。 だけど、この日は。 大切な「家族」と過ごす、一年で一番温かい夜なのかもしれない・・・。 END |
聖夜は静かにふけて [3] |
| 聖夜は静かにふけて [3] 暗くなればなるほどに、車内の寂しさも増す。 窓から見える夜の銀世界は、神秘的だけど、怖い。この世界に、まるで自分ひとりしかいないような孤独感。 どこかの駅で停車し、ちょうどミュルダールへ向かう列車がホームに入ってくるのが窓の向こうに見えた。 すぐ隣の車線で停まった、あちらの車内もガラガラ。 やっぱりこんな遅くに、列車に乗ってる奴なんて、そういない。 けど、俺の目の端に、見慣れた日本人の姿が映った。 「・・・兄貴!」 叫んだ時には駆け出していた。 停車時間は、そんなに長くない。 「俺ここだよ、兄貴っ!」 発車を告げる音にかき消されそうになり、俺は大声を張り上げる。 およそ聞こえたとは思えないけれど、何かの勘が働いたのか、兄貴は俺の方を振り向いてくれた。 「・・・相棒!?」 気付くと同時に、列車から走り降りる兄貴。 両方の列車が発車した後には、反対側のホームに、俺と兄貴の二人だけが取り残されていた。 急ぐ必要もなかった。 どちらの列車も走り去ってしまったし、しかもどちらも、あれが最終とあっては。 つまり、俺たちはこの僻地の駅で夜明かしをしなければならないという、最悪の事態。 さぞや怒ってるだろうな、と俺は恐る恐る兄貴に近づいていった。 「ごめん兄貴! でも俺だって、どーしようもなくて・・・」 さっきの予行練習通りに、まず謝ってみる。 いつまで待っても罵声が飛んでこないので、どうしたのかと顔を上げると、いきなりガバッと抱きしめられた。 「兄貴・・・?」 「・・・馬鹿野郎。迷子になったら凍死だと、言ったろう」 表情は見えなかったものの、声には安堵の含みがある。 「ごめんなさい・・・」 今度の謝罪は、心の底から。 兄貴は俺のことを、心配してくれてたんだ。 ベルゲンから来る列車に乗っていた兄貴は、多分俺を探しにベルゲンまで行って。 俺がいないらしいと分かって、またミュルダールに戻ろうとしてたんだろう。 完璧に、行き違い。 「フィヨルド観光、できなくなっちゃったね」 「・・・それより、今夜どこに泊まるかの方が問題だな」 兄貴は俺の体を離して、溜息をついた。 幸い、駅の近くに宿泊施設があったので、野宿は回避できた。 なんとか暖が取れれば、文句は言わない。 朝起きたらカチンコチンに凍ってたってギャグみたいなシチュエーションも、シャレにならないんだから。 この、冬場のノルウェーでは。 →NEXT |
聖夜は静かにふけて [2] |
| 聖夜は静かにふけて [2] きっと兄貴も俺がいないことに気付いて、探してくれてるはずだ。 フロム鉄道に俺が乗っていないと分かれば、恐らくこのベルゲン行きの列車だと見当を付けてくれるだろう。 ただ、問題は・・・。 「兄貴は追っかけてきてくれるかな・・・」 ひとりで腕組みをしながら、俺はウーンと唸る。 兄貴がこちらに向かっているのなら、俺が戻ればすれ違いになってしまう。ここで待っている方がいい。 けれど、もし兄貴もそう考えて、向こうで待っていたら。 予想は、五分五分。 午後3時過ぎには、日が沈む。 昼の時間が短いこの季節、ぐずぐずしている暇はない。 「表なら戻る、裏なら残る!」 俺はポケットから50オーレの硬貨を取り出すと、指でピンと上に弾いた。 くるくる回って落ちるコインを左手の甲で受けて、右の掌で蓋をする。 手を開いて見ると、コインは表だった。 「・・・まあ、あの兄貴が追いかけてくるはずないよね」 自分自身を納得させるように、呟く。 俺たちの行き先はフロムなわけだし、兄貴がわざわざベルゲンに来る理由はない。 きっと怒りのオーラを発して、ミュルダールかフロムでじっと俺を待ってるのだろう。 考えるのも恐ろしいけど。 「よしっ、戻ろう」 ミュルダールに向かう反対列車に、俺は発車時刻ギリギリで乗り込んだ。 車窓から見える外は、すっかり暗くなり。 今日の予定は、完全にパア。 兄貴の鬼気迫る形相が目に浮かぶ。 「誰のために計画した旅行だと思ってるんだ」とか「なぜ乗る前に気付かないんだ」とか。 「・・・そりゃ、そうだけどさ。俺だって好きで間違えたわけじゃないよ」 空想上の兄貴が言う文句に、俺はブツブツとひとりで反論してみる。 イメージトレーニングってやつだ。 そのうちに、列車はミュルダール駅に到着した。 まだ日のあるうちに見た時とは、印象がだいぶ違う。 ともかく駅周辺を探し回り、駅員さんにも写真を見せながら兄貴の行方を尋ねる。 『こんな日本人、見ませんでしたか?』 答えは、Nei(ナイ)。つまり、ノーで。 ミュルダールにいないとすれば、フロムか。 フロムへの途中の滝が絶景だと、親切な駅員さんは教えてくれるが、俺の今の目的はそこじゃない。 『今日はもう、フロムへの運行はないよ』 その駅員さんは、さらに親切なダメ押しをくれた。 「・・・ってことは・・・」 俺はだんだんと不安になってくる。本当に、冗談じゃなく迷子になってしまったのだろうか。 このまま永遠に、兄貴と会えなかったらどうしよう。 兄貴がベルゲンに向かったとして、途中で下車してる可能性は低いと思う。 となれば、やっぱりベルゲンかフロム。でもフロムに行けないとなると。 「どこかに泊まらなきゃ・・・」 今日動くことはもう諦めた。 このままオスロに帰るという手もあるけれど、なんせ5時間の道のり。 せっかく来たのに、とんぼ帰りも悔しいし、兄貴が帰っているはずがない。 ミュルダールに宿泊できそうな場所はないが、ベルゲンならまだ都会だ。 どんよりと重たい心と脚を引きずって、俺はベルゲン行きの列車に再び乗った。 →NEXT ※注:ワタシのノルウェー観光案内(?)はあまり当てにはなりません(^^; |
聖夜は静かにふけて [1] |
| ※いかん、もうクリスマスまで1週間もない・・・。 イベントものは時期をはずすと悲しいので、取り急ぎこちらを先に書きます。シリアス続きだったので、ちょっとバカっぽく甘めになるかと(^^; 聖夜は静かにふけて [1] クリスマスよりも数日早く、兄貴はそのプレゼントを俺にくれた。 「え、ほんと? マジで? お金、大丈夫なの」 「そのために、仕事してただろうが」 「そりゃ、そうだけど・・・」 俺はあまりの事に、びっくりして息が止まりそうになってしまった。 フィヨルドに連れて行ってくれる、と以前から約束してた兄貴。 ノルウェー最大のソグネフィヨルドはオスロからそれほど遠くはないとはいえ、観光名所なわけで。費用もそれなりに掛かるのに、兄貴はその手配をしてくれたらしい。 列車でフロムというところまで行き、そこから船でフィヨルドを巡る。 旅行会社のパンフレットの景観写真は、それは壮大で綺麗だった。真冬は雪や氷河がひどく寒そうではあるけれど。 「迷子になったら間違いなく凍死だからな、気をつけろよ」 「そんなバカ、いないよ」 兄貴のからかいを、余裕で受け流す。 俺にとっては、とにかく楽しみで。 オスロからミュルダールまで鉄道で行き、そこからフロム鉄道に乗り換えて・・・と、兄貴は旅行の手順を細かく教えてくれるけれど、ほとんど覚えちゃいない。 兄貴に付いていけばいいだろうと、気楽な気持ちでいた。 あの時に、もっとちゃんと聞いておけばよかった。 後悔は、いつも後でやってくるものなのだ 純白の雪景色を車窓から眺めながら、ミュルダールの駅に着いて。 そこからフロム行きの列車に乗り換えるだけだったのに。 「・・・兄貴?」 観光客で混雑するホームで、兄貴とはぐれてしまったことが、始まり。 飛び乗った列車に兄貴の姿はなく。その列車が、どうやらフロム行きではないらしいと気付いた時には、すでに列車は発車した後だった。 『この列車、どこ行きですか?』 『ベルゲンだよ』 カタコトのノルウェー語を駆使して乗客に聞いてみると、不思議そうな顔をされた。 我ながら、間抜けな質問だったと思う。 一晩ホテルに泊まるだけのつもりだったから、荷物はもともとそんなに持ってきていなかった。 所持品は、地図とわずかなお金だけ。 兄貴と連絡を取る方法がない。 通り過ぎる山々や湖を、俺はぼんやりと目に映していた。 もう自然を楽しむどころじゃない。 途中いくつかの駅に停まったものの、どれも小さく寂しい駅で、周りは山と雪の氷雪地帯。 こんなところで降りたら、それこそ氷山のマンモスみたいに氷漬けになってしまう。 約2時間の旅を終え、俺はポツンとベルゲンに降り立った。 駅舎もわりと大きなベルゲン駅。 「・・・どうしよう」 ここなら最悪、夜明かしができるかもしれないと思いつつ、俺は駅舎の隅に腰を下ろした。 →NEXT ※あれ、これって「ホーム・アローン」じゃ・・・(笑)。 |
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