赤い白夜 [9] |
| 赤い白夜 [9] 2人の矢車が、地に倒れている。 同じ姿で、どちらも胸を赤く染めて。 「兄貴・・・生きてる、か」 自分が討った矢車ではなく、擬態影山に撃たれた矢車に、影山はよろよろと近づいた。 青白い矢車の手首に触れて、影山は息を飲む。 脈が、ない。 矢車の鼻先と唇に、震える指をかざして確信した。 (息・・・してない) 「兄貴、兄貴っ!」 ポロポロと、知らないうちに影山の目から涙がこぼれてくる。 泣きたくはなかった。泣けば、矢車が死んだと認めてしまうことになるから。 一体、どうしてこんな事になったのだろう。 昨日までは、この白夜の国で兄貴と共に普通に暮らしていたのに。 今日はもう、兄貴はいなくて。 呆然自失の状態で、影山はしばらく矢車の傍から動こうとしなかった。 (俺は・・・これから・・・) 自分は、何をすべきなのか。 どのくらいそうしていたのか、分からない。 泣き疲れて、影山はぼんやりと腕時計に目をやる。 23時15分と、相変わらず不条理な時刻を告げる腕時計に、影山はひとりごちた。 「ココロも、狂っちゃえばラクなのにな・・・」 (それでも・・・俺は生きてて) 矢車の腕を自分の肩に回し、背負うようにしてようやく影山は立ち上がった。 魂のない体の重みを感じて、ますます泣きたい気持ちになったけれど。 (生きなきゃ、いけないから・・・) そして、影山は歩き出した。 * * 擬態矢車が言っていた通り、今度は迷うことなく結界を抜けたらしい。 いまだ船の中にいるであろう操られた人間たちは、影山の力では助け出すことはできない。 後で、エミールに伝えればいいだろう。矢車のことも。 公園に入った時に見た、「おこりんぼう」の彫像。 矢車にからかわれたあの瞬間が、影山にはひどく遠いものに感じられた。 公園の時計は、16時を少し回った頃。 まだ日が高く、園内を楽しげに散策する人々の姿がまぶしく映る。 (・・・あれ?) ふいに背中の矢車から、トクンと小さな鼓動が伝わってきた。 ひとつ、ふたつ、と、確かに脈動は続いている。 心臓の音、だ。 「兄貴っ!?」 影山は、急いでその場に矢車の体を下ろした。 顔色も先程よりは、若干血の気が戻っている。 「相棒・・・」 聞きたかった声が、影山の耳朶に響く。 信じられない面持ちで、影山は目を見張った。 「・・・カタ・・・付いたらしいな。褒めて・・・やる」 薄く目を開けた矢車は、そんな風に言って口の端を上げる。 「兄貴、生き・・・返った? ほんとにっ?」 「勝手に殺すな、まだ、死んじゃいない・・・」 見ると、ドス黒く乾ききっていた傷口の血も、たった今撃たれたかのように出血していて。 それはそれで痛々しかったが、これならすぐに処置すれば大丈夫そうだ。 (・・・そうか。結界の中とは、時間の進み方が違うから!) 影山の表情が満面の笑顔に変わる。 「・・・相棒、俺が撃たれて嬉しいのか」 「え? いやその」 説明しようかと思ったものの、自然と顔がにやけてしまう。 話したとしても、意味がない。 所詮あれは影山にとっての幻のようなものだったのだから、今の嬉しさは矢車には理解できまい。 「それより、早く手当てしないと。行くよ、兄貴!」 再び矢車を背に担ごうとすると。 「・・・お前も、怪我したのか?」 矢車が影山のタンクトップを指し示す。 赤いタンクトップに付いた、赤黒い跡。 だけど、これは。 「トマトソースだよ。やだな、兄貴。忘れちゃった?」 矢車に肩を貸しながら、影山は笑って言った。 サンドイッチを頬張って、矢車と公園を歩いたのは、ほんの数時間前。 事が起こる前に。 同じ色でも全然違う、と影山は思った。 自分のそれは、矢車との平和な日常を象徴している。 小さな、幸せの、赤だ。 END ※思いのほか長くなっちゃいましたが、どうにかエンドマークが付けられました。 果たして影山が矢車さんを背負えるか、は謎です(笑)。 お付き合い、ありがとうございましたm(__)m |
赤い白夜 [8] |
| 赤い白夜 [8] 迷いなく撃ち込んだ弾は、確実に仕留められる距離だったにもかかわらず、空を切った。 クロックアップでかわされたのだ。 ZECTガンを構え直した影山の後ろで、一瞬空気が揺れる。 気配に気付いた時にはもう遅く。 擬態の矢車は影山の手から銃を叩き落すと、背後から自らの腕で影山の首を締め上げた。 「・・・ムダな動きが多いな。平和ボケか。それともやっぱり、ためらいがあるのか?」 抱きすくめるようにして、耳元で囁かれる。 「誰がっ、ニセモノなんかに!」 (来い、ホッパーゼクター) 利き腕は拘束されているものの、もう片方はなんとかベルトに届く。 それまで首の骨がもてば、だが。 「どうして俺を受け入れない? 別に、人間を害するつもりはないと言ったろ」 「・・・俺も・・・言った。お前は、兄貴じゃない・・・って・・・」 「そうか、残念だ」 残念と口では言いながら、影山の行動に対して戸惑いも驚きも示さない擬態。 「お前の裏切りには慣れてる」 そう嘯いて。 急激に強まった腕の力を感じ、影山の頭の中で警鐘が鳴り響く。 周囲の光がパチパチと点滅するような感覚。 しかし意識が飛ぶほんの手前で、影山の掌に待ちわびていたものが収まった。 「ちっ!」 ゼクターが発する光の波動に、締め付ける"矢車"の力も緩む。 その隙に腕から逃れ、影山は擬態矢車から身を離した。 「あ・・・んたは、変わらないのか」 うまく声が出せず首が痛むが、折れていないだけマシだ。 息を整えつつ、影山はホッパーゼクターをベルトに装着した。 敵がワーム体になれば、戦闘力は増す。 倒すならば人間のままでいてくれた方がいい。けれど。 「この姿だと倒せないんだろ。なら、大人しく俺に殺されたらどうだ」 「・・・ダメだよ」 パンチホッパーへと変わっていく中で、影山は空を見上げて呟いた。 泣いているようにも、微笑しているようにも見える表情で。 「前に俺がワームになって死にかけた時、兄貴に言われたんだ。もう二度と死なせない・・・って。年を取って、普通に寿命が来るまでは、死ぬな、って。お前も兄貴の記憶を持ってるなら、覚えてるはずだ」 「そんな約束を律儀に守るとはな」 呆れ顔で擬態矢車が嘲笑う。 「守るさ。だって・・・」 パンチホッパ−に変わった影山は、腕のアンカージャッキを入れた。 戦いを、長引かせずケリをつけるために。 (だって、もう二度と、兄貴を裏切るわけにはいかないんだから・・・) →NEXT |
赤い白夜 [7] |
| 赤い白夜 [7] 「待ってろ、結界を解いてくる」 擬態の矢車は、倒れた元相棒の体を無造作に踏み越えて宇宙船の中に入っていく。 (兄貴・・・) 微動だにしない矢車を前に、残された影山はただ立ち尽くしていた。 視線をそらせることも、その体にしがみついて泣くこともできずに。 程なく"矢車"が戻ってきても、影山のこころはどこか別の世界をさまよっていた。 「行こう、相棒。音波の壁をこの周囲だけにした。もう出られるぜ」 しっかりしろ、と"矢車"は影山の背を押す。 「他の・・・人たちは?」 「宇宙船の中だ。ここにいる限り、誰にも見つけられない。彼らはまだ利用価値があるからな」 「利用・・・」 不審げに眉を寄せる影山に、"矢車"は笑う。 「結界の管理と、万が一の時の保険、さ」 「保険・・・つまり、人質ってこと?」 「物分りがいいじゃないか。さすが、俺の相棒だ」 宇宙船は、以前渋谷廃墟で見たものよりも遥かに小さく、今回の計画にさほど多くのワームの関与はなさそうだった。 擬態矢車の口ぶりから察するに、船内に他のワームはいないらしい。 気が付いたように、影山はもう一度腕時計に目を落とした。 5時30分。 さっき確認した時は8時を回っていたのに、時計が壊れているのだろうか。 「時刻がおかしいわけじゃない」 影山の聞きたい事など分かっているという口調で。 「狂っているのは、人間の感覚のほうだ」 面白そうに"矢車"は種明かしを始めた。 「初めは船を隠すだけのつもりだったんだが、超音波の壁を幾重にも張り巡らせたら、相乗効果を生んだ。お前も知ってるだろ? この音は、意識を惑わせ操る」 「・・・うん」 「ありもしない迷宮を作り出して、入り込んだ者は堂々巡りに陥る。それが結界だ」 (ありもしない・・・?) 話を聞きながら、影山は反芻する。 「時間も同じ理屈だな。長く感じたり、短く感じたり、もともと時間の感覚なんて主観的なものだから」 「じゃあ、今の本当の時間は」 「それは、ここから出ればはっきりするだろ」 そう言って再度促す擬態矢車に、影山は素早くZECTガンを向けた。 右腕をまっすぐ伸ばし、狙いを定めて。 「・・・そこまで分かればいい。さよならだ、"兄貴"」 →NEXT ※ここからは影山のターンです。 兄貴は・・・「返事がない。ただの屍のようだ」(←待て)。 |
赤い白夜 [6] |
| 赤い白夜 [6] 見捨てられることが怖かった。 独りになることが怖かった。 いつだって、そして今も、それは変わらない。 「・・・俺には、兄貴が必要だから」 意を決したように、影山は顔を上げた。 一歩一歩ゆっくりと擬態矢車に近づいていく。手にしていたZECTガンをベルトに挟んで。 「お前が本当に、俺のそばにいてくれるなら・・・」 「安心しろよ、相棒」 すがるような目を向ける影山に、"矢車"は微笑して見せる。 仲間のワームたちはそれぞれ、フログネル公園を訪れた様々な人間と入れ替わっている。 異なる人種、異なる年齢、異なる立場の人間たちと。 人間社会に溶け込むためには、できれば入れ替わった後、ワーム同士は接点がない方が好ましい。 同じワームを傍に置くよりも、本物の人間を置いた方が得策だ。 「とりあえず戻るぜ。結界を解かないと、外へは出られないし。それに・・・」 「うん・・・?」 「ニセモノの方をなんとかしないと、な」 "矢車"は新たな相棒の肩に腕を回し、連れ戻そうとする。 隕石跡地へ。先程の惨事の場所へ。 少し戸惑ったものの、影山はその腕を振り払おうとはしなかった。 * * 「・・・ねぇ、死んだ?」 まったく動かなくなった矢車に、擬態影山は戯れに話しかけた。 返事は、ない。 瞼を閉じた顔はすっかり土気色で、体も冷たい。 血で汚れるのが嫌なので、心臓の鼓動は確かめていないが、もはやその人間が生きているようには見えなかった。 隕石跡地に着陸している小型宇宙船は、音波の作用で、通常は人の目に留まらない。 他の人間たちを宇宙船の中へ戻すと、"影山"は所在なげにピストルをもて遊んだ。 「退屈だなー。もう一発ぶちこんでみよっかな」 撃鉄を指で引き上げ、横たわる矢車の頭に銃口を押し当てる。 「・・・影山!」 そう呼びかけられたのは、背後から。 「あ、兄貴。おかえ・・・」 振り向いて返事をしかけたその途端、擬態影山の額に弾痕が穿たれた。 声を発する間もなく、くず折れる自分と瓜二つの存在を、影山は直視できずに目をそらす。 「・・・簡単に殺せるんだ」 容赦なくピストルの引き金を引いた擬態矢車に、影山は呆然と呟く。 仮にも今まで相棒だった同じワームを、躊躇せず撃てるなんて。 「仕方ないだろ。"影山"が2人いたら、マズイ」 悪びれる様子もなく、"矢車"は答えた。 矢車も、擬態の影山も。 影山の視界の中ですべてが赤く染まっていた。 →NEXT |
赤い白夜 [5] |
| 赤い白夜 [5] 気付いた時には、影山は走り出していた。 ほとんど意思と関係ないところで、足だけが行動を起こしたかのように。 もとより普通の人間たちでは影山と渡り合えないと踏んだのか、擬態の矢車は擬態の影山に言い置いた。 「片を付けてくる。お前は、この男を見てろ」 「えー、俺も行くよ。こんな奴、もう虫の息じゃん」 うつぶせの矢車を仰向けにさせ、赤く染まった胸部をバンバンと叩く。 「・・・つ・・・っ」 痛みに呻く矢車を、擬態影山は感情の籠もらない冷ややかな目で見下ろした。 「ほんと、しぶといね、あんた」 矢車の血で汚れた自分の指を、"影山"は赤い舌でペロッと舐め取る。 ぼんやりとする意識の中で、同じような光景をさっきも見たな、と矢車は思った。 * * 無意識に駆け出した影山は、立ち止まることもできずに走り続けた。 ハァハァいう自分の呼吸音と、飛び出しそうな勢いで跳ねる心臓の音がうるさい。 (早く助けないと、兄貴が・・・) ワーム2体と操られた人間たち。 影山だけでは手に負えないと思ったからこそ、矢車は逃げろ、と言ったのだ。逃げて応援を呼んで来い、と。 けれど、先程からずっと同じところを通っている気がする。 見回してみても、公園内には誰一人いない。これほど人に出会わないのもおかしい。 もしかしたら、いまだに自分は幻覚の中にいるのだろうか。 装置がひとつ壊れたとしても、音波の結界は2重3重に張り巡らされているのかもしれない。 「8時!? まさか、そんな・・・」 ふと見た腕時計が思いも寄らない時間を示していることに、影山は驚いた。 矢車と公園に入った時は、まだ昼過ぎだったはず。 「・・・ここからは出られない。分かってるだろ?」 「兄貴・・・」 追いついてきた"矢車"の姿を認め、思わずそう呟いてしまう。 姿は同じでも、本物の矢車ではないのに。 「俺たちは、人間を害するつもりはないんだ。人間として暮らそうと思ってる。まだ遅くないぜ。俺たちの仲間にならないか、相棒」 擬態は、優しげな笑みで誘いを掛けてくる。 「あんたの相棒は、向こうにいるだろ。俺じゃない」 ジリ、と本能的に影山は後ずさるが、"矢車"はあっさりと答えた。 「俺は別に、"あいつ"でもお前でも構わない」 「"矢車"として生きるためには、"影山"が必要だからな。だが、どちらの"影山"でも、いい」 嘘を言っているわけではなく、それが事実。 人間の中に紛れ込みたいワームにとっては、影山と言う存在がありさえすればいいのだから。 「・・・俺の相棒は兄貴だけだ。お前は違う」 「あいつなら、もう死んだぜ」 「・・・ウソ・・・だ」 (嘘だ、兄貴が死ぬわけない!) 否定の言葉を発しても、影山の青ざめた顔は誤魔化しようがなかった。 大量の出血。 もしかしたら、と思いかけると、カタカタと震えが生じて歯の根が合わなくなった。 「今から、俺がお前の兄貴になってやるよ」 「・・・・・・え」 「ずっと一緒にいてやる。共に生きていこう、相棒」 影山が欲しい台詞を、矢車の姿をしたワームはくれる。 もし、本当に矢車がもういないとしたら。 自分は、ひとりで生きていかねばならない。 この先ずっと。 (ひとり、で) そんな未来を想像するだけで、影山の背筋にたとえようもない戦慄が走る。 →NEXT |
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