紅の箱舟(アーク)

紅の箱舟(7)

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 のんびりしている余裕はなかった。
 応急処置を済ませ、矢車は立ち上がる。まだ体はふらつくが、構ってはいられない。

「急ごう、きっとすぐここも……」
「ちょっと、遅かったね」

 矢車の言葉を遮るようにして、階段のすぐ上から声が降ってくる。聞き覚えのあるその声の主を、矢車は沈痛な面持ちで見つめた。

「影山……」

 ゆっくりと降り立つ元部下の周囲には、大勢のトルーパーたちが付き従っていた。
 すべての銃口が、矢車と少年に向く。振り仰ぐと、天井の一角に音もなく留まるザビーゼクターがあった。
 ここでのやり取りは、ZECTに筒抜けになっていたのだろう。

「ワームとつるんでるって、本当だったんだ。まさか、あんたがZECTを裏切るとはね」

 矢車の傍にいる自分とそっくりの少年に、影山は忌々しそうに目をやった。
 揶揄するような響きに、矢車はキッと影山を睨み付ける。

「お前こそ目を覚ませ、影山! ZECTは、お前が思っているほど正義じゃない」
「黙れ、裏切り者!」

 “裏切り者”――。
 影山が発した言葉に、矢車は息を詰めた。

 ZECTに敵対することを、裏切りだとは思わない。ZECTが、人間を裏切っているのだ。
 だがザビーであった頃、自分はシャドウを、部下たちを見捨ててしまった。

 それは、まぎれもなく、“裏切り” に他ならない。

(やっぱり、人間を見捨てるつもりなんだ……!)

 反論しない矢車を肯定と受け取り、影山の胸に、怒りがふつふつと湧き上がる。矢車がシャドウを見捨てた、あの時と同じように。

「あんたを殺すよう命令を受けてる。悪いけど」
「ダメだよっ!」

 片手を挙げた影山に、それまで沈黙を守っていた少年が、突如として口を開いた。

「ダメだ! どうしてだよ!? カゲヤマはあんなに矢車さんのこと、好きだったじゃないか」
「何を……」

 影山にとって、まるでかつての自分自身がそこにいるような、不思議な感覚だった。少年の頃の純粋な自分と対峙している。

「俺はカゲヤマの擬態だから、俺に嘘はつけないよ。本当はまだ、矢車さんを信じたいはずだろ!」

 少年に問い詰められ、影山の眼差しが一瞬揺れる。敢えて閉ざしていた自分の心。

 しかし、それを認めるつもりはない。
 今さらだ。ザビーとして、シャドウ隊長として、自分はZECTから有望な前途を提示されているのだから。

「話は、おしまいだ」

 影山はトルーパーたちに銃撃の指示を出す。

「矢車さん、逃げて!」
「シュン……!?」

 叫ぶなり、ワームに姿を変えた少年を、矢車は止める間もなかった。
 マシンガンの銃弾が、轟音とともに少年の体に無数に浴びせられる。矢車の盾となった形で。

 思いもよらなかった少年の行動。そして、起こった惨劇。
 何がどうなったのか、思考が追いつかないまま、矢車は少年に向けて手を伸ばしていた。

『行って!』

 ワームとなった少年は、矢車の体を後方へ強く突き飛ばす。ドンと打ち当たった壁は、コンクリートではなく、別の階へとつながる非常階段の扉だ。
 助けるつもりで乗り込んだ敵地で、反対に、助けられてばかりいる。

 ほんの少しの間、傍にいただけの少年。
 けれど、矢車はシュンに奇妙な親しみを覚えていた。おそらくは、元となったオリジナルの人格に由来するのだろうが。

(どうして、こんな……)

 やりきれない思いに、矢車は唇を噛み締める。
 今は、行き延びることを、優先させなければならない。ZECTの非道を暴くためにも。そうでなければ、この少年も、犠牲となった『アダムたち』も救われない。

 銃撃を一身に受けるシュンの背後から、矢車は素早く非常階段の扉を開け、階段を駆け下りた。
 大気と空が、ここが地下ではないことを告げている。

 ワームに変えられ、影山に擬態した年若い人間。本来の彼は、どんな少年だったのか。

 止まない銃声が気に掛かるが、後ろは振り返らない。
 振り向いたら、脚が凍りつくことは分かっていた。

(……きっと、優しい男になったんだろうに)

 感傷は、そこで振り払った。





「軽々しく、人の名前使いやがって……」

 すでに動かなくなったサナギ体のワームを見下ろし、影山は吐き捨てた。
 自分の下の名前を呼んだ矢車の声が、いつまでも耳につく。

 アダムⅡにはまだ利用価値があったが、ZECTに従わないのなら仕方がない。切り捨てるまでのこと。
 “裏切り者の処分” という、三島から受けた命令は、きちんと遂行している。

「A隊は中から、残りは、俺とともに外から矢車を追う!」

 ワームの後始末を数名に任せ、影山は非常階段に走り出した。



※甘い話を書いたと思ったら、今度は痛い展開に・・・。極端過ぎますね、ハイ(--ゞ
読んでくださる方は、どちらがお好きなんでしょう。
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~ Comment ~

>きっぽう様 

書きたいものを好きなように書き散らしてるので、お話に方向性がないし、矢車さんや影山の性格がバラバラだし・・・(--ゞ
書くのは、シリアスもギャグも甘いのも好きなので、いろんなパターンで書いてみたいんですが、やっぱり読んでくださる方は、「こういうのは見たくない」っていうのもあるかなぁ、と。
でも、そんな風に言っていただけると、嬉しい限りです。
コメント、ありがとうございました(^^)

 

二度目のカキコです。失礼します。私はどの話も、大好きです。シリアスの息詰まるような展開に続きが毎回気になりつつ、ギャグが更新されていたらされていたで、笑わされ癒されています。甘い話には思わずニヤニヤと怪しい笑みを浮かべてしまうので、人前では読まないよう気を付けたり……。どの話の矢車さんも影山も魅力的に書かれているので安心して読める、というか。なので、シリアスも甘い話もギャグも、更新、楽しみにしてます!
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