紅の箱舟(アーク)

紅の箱舟(8)

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 影山に擬態させた実験体が処分されたとの報告に、三島は短く「ご苦労」とねぎらいの言葉を言って通信を切った。
 先ほど負わされた傷は、とうに癒えている。

「もったいないことをした。ひとり減ってしまったな、アダムⅠ」

 三島が声をかけても、『アダムⅠ』と呼ばれた人物は答えない。
 鉄仮面を被せられ、鎖につながれ自由を奪われた状態で、低い唸り声を発するだけだ。

 まだ、計画を表に出すには時期尚早だった。秘密を漏らそうとする者は、排除せねばならない。

 矢車から取り上げた銃を点検した後、三島は自らの懐に忍ばせる。
 唸り声をあげ続ける人物をいつものようにその部屋に残し、三島はカチャリと外から鍵をかけた。





 非常階段を下り、すぐ下の階で、矢車は再び建物の中へと入った。
 隠れる場所のない階段では、挟み撃ちになる。おそらく下からも追っ手がかかるだろう。

 上のフロアとは違い、不思議なほどの静けさを意外に感じながらも、矢車は出口を探した。来た時に通った場所と雰囲気が似ている。
 すえた匂いのする鉄格子のある檻。男女の呻き声。

(……やめてくれ、もう)

 無意識に、矢車は耳を手で塞いでいた。

 監獄めいた部屋の内部に目を向けないようにしていた矢車だったが、一箇所だけ、明らかに様相の違うドアが気を引いた。大きく開け放たれた扉には、鉄格子もはまっていない。

 研究者用の実験室だろうか。
 大きめのドアの奥に見えたのは、異様な光景で。矢車の脚は、引き寄せられるように、ふらふらとそちらに近寄っていた。

 医療ポットという名の水槽の中に、人間が数人、沈んでいる。
 彼らが呼吸をしていないことは、見て取れた。カッと見開かれた目が、無念の思いを雄弁に語る。

(実験に使われた人間の、なれの果て……なのか?)

「ここは医療区画だから、騒ぎを起こすとマズイんだけど」

 いきなり背後から声を掛けられ、矢車はハッと我に返った。
 体内を巡ったワームの毒が、普段の注意力を鈍らせているのかもしれない。

「影山……」

 元部下が、銃を構えたまま矢車の出方を窺っていた。
 矢車に追いついたのは、影山ひとり。他にトルーパーの姿はなく、何か魂胆があるのかと、矢車は眉根を寄せる。

「影山、お前は、これを見てもなんとも思わないのか」
「こいつらはワームだろ。ワームの生態を調べる必要もあるさ」
「……なら、もしワームじゃなく、人間だったとしたら?」

 その言葉に、影山の肩が小さくぴくんと跳ねたのを、矢車は見逃さなかった。
 反応を示す影山は、洗脳を受けたわけではなさそうだ。ならば、説得の余地はまだある。

「そうやって、ワームにそそのかされたんだ? ZECTが人間に危害を加えるわけ、ない」
「だったら、どうして俺を殺そうとする? 俺が真実を知ったから……口封じのためじゃないのか」

 動揺の色を浮かべる影山に、矢車は尚も続けた。

「ZECTが、あの少年をお前の姿に擬態させた。何故だと思う? お前を何らかの目的に利用……」

 しかし、最後まで言うことはできなかった。

「つっ……」

 銃声が響き、白いリノリウムの床に、ぽたりと赤いものが落ちる。

「……聞きたくないな。まだ言うなら、今度ははずさない」

 そう告げた影山の瞳は、もう揺らいではいなかった。

「わざとはずしたって? たいしたものだ」

 矢車の左腕を狙った銃弾は、あと数十センチ横にずれていれば、心臓を撃ち抜ける。

(腕を上げたんだな……)

 最悪の状況下にもかかわらず、矢車は目を細めた。

 両腕からは、血液が見る間に奪われていく。
 右腕に続き、左腕ももう使い物にならない。腕が使えたとしても、銃はない。三島に捕らえられたとき、奪われていた。
 懐に入れていたはずの緑色のゼクターは、どこに行ったのか見当たらなかった。

 唯一の味方だったシュンも、守ることができず、失ってしまった。まったくの孤立無援だ、と矢車は自嘲する。 

「大人しく捕まるなら、今は、殺さない」

 淡々と影山は告げる。
 それが三島の命令に反することは、承知していた。三島は、矢車の始末を命じたのだから。

 かつての上司を手にかけることに、影山は躊躇した。だからこそ影山は、部下であり、同時に自分の監視者でもあるトルーパーたちに見当違いの場所を指示し、彼らをまいた。
 だが、そんな事情は、矢車には知る由もない。

(お前は、俺を撃てるか?)

 矢車は勝負に出た。間髪入れず、影山の懐に走り込む。

「くっ……」

 素早く至近距離に入られ、影山は思わず身を引く。まさか、銃を構えている自分に真正面から挑んで来るとは。

「遅い!」

 影山の銃を右脚で蹴り上げた矢車は、続けざまに蹴りを放つ。紙一重でかわし、影山も右ストレートを繰り出した。
 拳は頬をかすめ、矢車の髪が数本宙を舞う。

「やるな、影山」
「あんたに、仕込まれたからね」

 息を上げながらも、互いに間合いを計って会話を交わす。

 影山はシャドウに配属された当初から、戦闘訓練のほとんどを矢車から直接指導された。才能はあっても、不器用でなかなか実力を出し切れなかった影山を認めてくれたのが、矢車だ。
 顔面を狙った影山の拳を避けた矢車は、その腕に輝くザビーブレスに目を留める。

「ザビーにならないのか」
「あんたごときに、必要ない!」

 あくまで、己の体のみで戦うつもりらしい元部下に、「後悔するなよ」と矢車は口の端を上げた。
 影山がザビーになれば、すぐにも片が着く。それをしないのは、影山が矢車をなめてかかっているため、ではない。
 かつて、共に手合わせをしていた頃と同じ潔さ。影山なりの誇りを、矢車は感じた。

 しかし、矢車の体力はすでに限界を迎えている。
 毒の残った体内と、両腕の失血。その状態で、激しく動けば自殺行為に等しい。
 飛びのいて着地した矢車の軸足から、ふと力が抜けた。

「え!?」

 驚いたのは、影山のほう。当然かわされると思ったストレートがヒットしそうになり、一瞬ためらいがよぎる。
 が、その戸惑いは、意味を成さなかった。

 戦いに終止符を打ったのは、影山の拳ではなく。
 影山の背後から放たれた、一発の銃弾だった。

 何が起こったのか、影山には分からなかった。
 
 矢車はうずくまるようにして倒れ、うつ伏せになったまま動かない。その胸の辺りから、床がじんわりと赤く染まるのを、影山は呆然と見つめた。
 大量に出血している。おそらく、命に関わるほどに。

(撃たれた……?)

 ようやく、影山はひとつの答えにたどり着いた。頭がうまく働いてくれない。
 自分の背後に人の気配を感じ、のろのろと体を向ける。

「何を遊んでいる。命令を忘れたのか、影山」
「三島……さん」

 今しがた凶弾を放った銃を、三島は何の感慨もなく影山に手渡す。

「矢車のゼクトガンだ。お前の手柄にするといい」

 三島としては、今回の件への直接の関与を、ZECT内部に知られるわけにはいかなかった。
 ZECTには、人間をワームの手から救うというばかげた理想を掲げる者がいまだ多い。ワームとの癒着を、暗に認めながらも。
 ZECTトップである加賀美陸も、その中のひとりと言える。

 影山は、ZECTの内部事情をまったく知らない。
 エリアXのことも、そこに研究施設があるとだけ説明され、連れて来られた。

「後始末は、トルーパーにさせる。仮にもかつてのシャドウ隊長が裏切り者だったなどと、他言無用だ。ZECTの恥だからな」

 もっともらしい言葉で、三島は影山に口止めする。
 エリアXで動かしたトルーパーたちは、全て三島の息がかかった者たちだ。影山さえ口を閉ざせば、真実は闇に葬られるだろう。
 影山を促しながら、三島は蔑むような眼差しを矢車に向けた。

「哀れだな。せっかく、箱舟を示してやったというのに。愚者はいつの世も、神の救いの手を拒絶する――」

 三島の言葉に、影山は人形のようにこくりと頷く。何かを考えようという意思は、もぎ取られていた。
 倒れた矢車を一瞥した後、影山は足を前に出す。一歩、また一歩。振り返ることはしなかった。

 一度動き出した歯車は、止まることも、方向を変えることも許されない。
 示されるまま、進むだけだった。



※書きたかった「矢車さん vs.(注:×でなく)影山」でした。
戦闘シーンは好きだけど、難しい・・・。
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