星祭りの夜

星祭りの夜(2)

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 誰かが言ってた
 七夕の夜は、精神の旅サイコトラベルができるんだって



2. 影山瞬の夜



「兄貴ー、どこだよー!」

 七夕の夜、満天の星空の下。
 いつもと違う場所で、兄貴と一緒に星を見ようと思っていたのに、気づいたら兄貴とはぐれてしまっていた。
 下は川だし、この土手のどこかにいるはずだけど姿が見えない。

「おっかしいなぁ……」

 ここ最近じゃ珍しく綺麗な流れの川面に、月が揺らいでいる。

「お月様、兄貴知らない?」

 俺の問いに、水面だけががさらさらと音を立てる。ほかに音は何も聞こえない。兄貴も、誰も、いない。
 そんな静まり返った中、ザブンと水が跳ねる音がした。

「……兄貴!?」

 俺は慌てて、音のした方に向かう。
 まさか兄貴が足をすべらせて川に落ちたんじゃないかと心配になって。

 川辺に立つ、黒い人影が目に入った。
 とりあえず、その人物は兄貴ではなさそうだ。もっとずっと小柄で、どうやら少年らしい。
 その子が川に何かを投げ込んだだけだと分かり、俺は肩を落として引き返そうとしたのだが。

 目の前を流れていくそれを見て、俺はギョッとした。
 学校の教科書に、カバン。それに続いて、今度はその少年自身も、大きな水音を立てて川に飛び込んだ。

「わっ、バカ!」

 おそらく足は立つだろうが、流れは結構速い。
 考える暇などなく、俺も川に足を突っ込んでいた。
 ザブザブと流れに逆らって歩き、教科書とカバンを拾い上げた手で、子供を抱える。

「何やってんだよ、死ぬ気か?」
「……あのさ、こんな浅い川で死ねると思う?」

 妙にこまっしゃくれた調子で、少年は呆れたように言う。
 言われてみれば、確かにそうだけど。こんな小学生の子供に馬鹿にされるのは、気分が悪い。

「助けに来てやったのに、その言い草はないだろ」

 ムッとしながらも、川から拾ったものを少年に突き返してやる。
 ずぶぬれの俺と教科書を交互に見て、少年は少しはにかんだ笑顔を見せた。

「……ありがとう」

 その笑顔に、どこか見覚えがあるような気がしたものの、はっきりと思い出せない。
 土手まで這い上がった俺たちは、たっぷり水を吸ったシャツの裾を絞った。
 頭からつま先まで、びしょ濡れ。少年は別のスポーツバックからタオルを取り出すと、俺に投げて寄越した。

「いくら夏でも、風邪ひいちゃうよ」
「お前から先に拭けよ。俺は大人だからいいんだ」

 なんて、カッコつけてみたけど。その後に盛大なくしゃみをして笑われてしまう。
 俺への警戒を解いた少年は、草の上に腰を下ろしたまま、聞いていないことまで、あれこれと話してくれた。
 たとえば、今回のことは、塾をサボった理由をカモフラージュするために、川に落ちたように見せかけようとしたのだ、とか。

「サッカーの試合が近いから、練習があって。でもそんなこと、親には言えないから」
「なんで? スポーツだって立派なことじゃん」
「親は、オレがしっかり勉強することを望んでる。塾に行かなかったなんて、言えるわけないよ。サッカーチームのみんなは、今度の試合でオレに期待してる。……どっちも、断れない」

 聞いていて、俺は頭が痛くなった。

「どっちにも、いい顔しようなんて、ムシがよすぎ」
「だって、みんながオレにそう望んでるんだ。だから、オレは完璧でなきゃいけない。そうでなきゃ……」

 周囲の期待通りの自分でなければならない。そうでなければ、自分という存在が壊れてしまうから。
 でも、そもそも完璧であり続けられるわけがないのに。無理を重ねれば、ひずみが生じて、いつかは破綻する。

「なんか、すごく無理してないか? 好きなことやりゃいいじゃん?  体裁ばっか、考えてないでさ」

 この少年は誰かさんと同じだ、と俺は思った。
 いつも心を張り詰めて。自分の弱い部分を人に見せることを、自分で禁じているのかもしれない。

 カバンを川に投げ捨てるほど、心は追い詰められているくせに、それを誰にも見せないで。
 泣きたいはずなのに、泣くこともしない。

「たまには、弱音吐いてみれば? 誰だって、カンペキなんて、いられるわけないんだから……」

 その言葉が、呼び水となった。
 大粒の涙をこぼし、声をあげて少年は泣いた。そんな少年の隣で、俺は黙って流れる川を見ていた。
 こんな時、他人は何もできない。ただ、傍にいることぐらいしか。

 なぜか俺に心を開いてくれたこの大人びた少年は、ひとしきり泣くと落ち着いたらしい。
 笑顔が戻り、俺に話しかけてきた。

「オレね、本当はひとつ、好きなことあるんだ」
「ふーん、何?」

 元気になった少年に俺の方も元気をもらった気がして、笑い返す。

「……オレ、料理が好きなんだ」
「料理?」

 何かの予感に、俺の心臓がドクンと跳ねた。

「そう。得意の麻婆豆腐、いつか作ってあげるよ。……約束する」
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