楽園依存症候群

楽園依存症候群(2)

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 もう、いないはずの人物だった。
 実際に最期を看取ったわけではないものの、天道や加賀美から事情を聞いていた。

「あんた……死んだんだろ?」

 意識せず影山の声は、震えていた。

「体は、そうかもな」

 その人物は、己の死を否定せずに続ける。

「だが、意識はまだお前の中にある」
「……俺の中に?」

 言われたことが理解できず、本能に根差した恐れから影山はじりと後じさる。
 いつまでもここにいてはいけないような気がした。早く矢車のもとへ戻った方がいい。

「矢車、か。奴が、お前やシャドウを裏切ったことを忘れたのか?」
「そんなこと……」

 指摘され、影山の体が一瞬硬直した。
 記憶の隅に追いやった過去は遠い昔の事であり、互いに確執は捨てている。
 今の影山にとって、矢車はなくてはならない大事な存在だ。

「シャドウにいた時も、お前は奴を慕っていただろう。それでも、奴はお前を見捨てた」

 考えていることなどお見通しだと言わんばかりに、その人物は嘲笑する。

(兄貴が、また俺を見捨てる……?)

 ふいに湧き出した不安。それを振り払おうと、影山は耳を塞いで叫んだ。

「やめてくれ、三島さん!」

 ――夢は、そこで覚めた。





「どうした、大丈夫か?」

 ベッドの傍らで、矢車が心配そうに影山を覗き込んでいる。

「……兄貴」

 確かな現実にほっと息をつき、影山は身を起こす。
 寝汗をかいているのは、夏間近な気温のせいばかりではない。
 それでも努めて何事もない素振りで伸びをし、「暑いね」と着ているタンクトップの襟元をぱたぱた扇いだ。

 寝泊まりしているカプセルホテルの一室は、日の光が差さず、朝の訪れが分からない。
 ただ、周囲のざわめきで既に日が高いことが知れた。

「今、何時?」
「9時33分。超過料金になる前に出るぞ」

 矢車は腕時計に目を落とすと、そう言った。

「あれ、兄貴。腕時計なんて持ってたんだ」
「……お前な」

 的外れな影山の言葉に、矢車は掌で顔を覆って息をつく。
 寝ながら苦しげにうなされていたのを、本人は覚えていないのだろうか。

 二人はいまだ定住地を持たないまま、安ホテルを転々とし、気候が良ければ時に野宿もする。
 といっても、あえて勝手気ままな生活を選んでいるだけで、金に不自由はしていない。

「昼からちょっと出てくる。お前も好きにしてろ。だが遠くには行くなよ」

 影山のコートを放ってやりながら、矢車が釘を刺す。
 ワーム化を心配しているのだろうが、過保護に聞こえるその台詞が、影山には嬉しい反面少し照れくさい。

「りょーかい。兄貴は、どこ行くの?」
「天道と会うことになってる」
「天道? スイスから戻ってきたのか」

 ワームとの戦いが終わって以来、あちこち海外を飛び回る天道は、矢車たちと違う意味で居場所が特定できない。
 最近はスイスにいるらしい、と加賀美が羨ましげにぼやいていた。

 天道も加賀美も田所も岬も、それぞれが新しい道を歩いている。

(だけど、俺は)

 いつワームに変わるか知れない体のせいで、白夜の国へ行けなくなったという負い目が、いつも影山を苛む。
 矢車は責めることもせず影山の側にいてくれるけれど、足手まといになっているのは確かだ。

(本当は、兄貴は俺から離れたいのかも)

 うっかり落ち込みそうになる自らの両頬を叩き、影山は気持ちを切り替える。
 先程見た夢を引きずってしまっているのかもしれない。

「浮気しないでよね、ちゃんと待ってるから」

 冗談めかして告げると、矢車は苦虫を噛み潰したような顔をする。
 影山は声を上げて笑い、チェックアウトの支度を始めた。
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