楽園依存症候群

楽園依存症候群(3)

 ←楽園依存症候群(2) →楽園依存症候群(4)
 『ビストロ・ラ・サル』――天道と落ち合う場所となれば、そこしかない。
 荒々しく店のドアを開ける矢車に、先にテーブルについていた男が面倒そうに目を向けた。

「なんだ、早かったな。せっかく、兄妹水いらずで話していたのに」
「そりゃ、悪かったな」

 不遜な態度の男に口先だけの謝罪をし、矢車は向かいの椅子にどかりと腰を下ろす。
 同じライダーとして戦った天道総司。しかしどちらも、久しぶりの再会にさして感慨はなかった。

 天道の側でトレイを脇に抱えたまま立つひよりは、注文を聞くことなく店の奥へ入っていく。
 片袖コートの客の粗野な振る舞いに、特に驚きはしない。
 兄の知り合いには変わった人物が多いと認識している。無論、兄自身も含めてだけれど。

「……で、わざわざ俺を呼び出した用件は?」
「いきなり本題か」
「長居するつもりはない」

 珍しく天道の方から連絡があり、気乗りしないながらも矢車は応じた。
 決して仲が良いわけでなく、かといって、とりわけ険悪でもない。傍から見れば気まずい雰囲気でも、当人たちにとっては普通のことだ。

「“白夜の国” の妙な噂を聞いた。お前も、気になるんじゃないか」

(こいつは)

 思わぬ天道の言葉に、矢車は眉をひそめた。
 北欧に渡ろうとしていたことを、天道までが知っている。目の前の男に動向を読まれるのは、どうにも虫が好かない。

「ノルウェーに、ワーム化抑制の専門研究機関がある。ZECTに匹敵する組織だ」
「何だと?」

 天道が告げたのは、矢車には聞き知らぬ情報だった。

 ワームを宿した隕石は、世界各地に落下した。ワームに対抗すべく、対ワーム組織が主要な国々で結成されたことは、ZECT時代に周知されている。
 だが、ワーム化抑制の話など、一切聞かされていない。

 加賀美陸は、ワーム化抑制の研究がノルウェーで進められていると知っていたにも関わらず、矢車に何も伝えなかった。
 おそらく、意図的に矢車の耳に入れなかったのだろう。
 前回の事件で理解したはずなのに、陸の底の見えない狡猾さを、矢車は改めて思い知る。

(あの狸親父……。まだ俺に、何かさせる気だな)

 嫌な予感が矢車の胸に渦巻いた。

「ノルウェーの組織については謎が多い。非合法な研究が行われているとも言われている」
「ZECTと似たり寄ったりか」
「その通りだ」

 海外を回る天道であればこそ入手できた情報。
 ZECTの息がかかっていないというだけで、十分信憑性は高い。

「ワーム壊滅後、ノルウェーで奇妙な事件が頻繁に起こっている。それが、組織の研究と関係しているらしい」
「どんな事件だ」

 いつになく歯切れの悪い天道を、矢車は構わず促す。
 日本でもワーム化促進ネックレスの件がある以上、同様の騒動が起こったのは予想に難くない。

「――親殺しだ」
「親殺し?」
「子供が、しかも10歳にも満たない小さな子たちが、両親や周りの大人を殺害している」

 天道が語ったのは、あまりにも痛ましい事件の顛末だった。
 テーブルの上で手を組み、天道は苦々しい気持ちで顔を歪める。

「詳しい経緯は分かっていない。ただ言えるのは、ここも安全ではないということだ」

 未だワームとの戦いは終結していない。脅威はノルウェーだけに留まらず、日本に飛び火する可能性がある。
 天道の危惧は、この地に向いていた。そのために帰国したのだろう、と矢車は推測する。

「また、ライダーの力が必要になるかもしれない」
「あいにく、ホッパーのライダーベルトはもう持ってない」

 あっさり言って、矢車は席を立った。

「持ってないだと。なぜだ」
「加賀美陸に返した」

 天道が意外そうな顔をするが、事情を説明してやる義理はない。

「加賀美に頼めば、取り戻せるだろう」

 ぬけぬけと天道はそんな提案をする。
 この “加賀美” は息子の方だ。

「いらん世話だ」

 テーブルに置かれたコップの水をひと飲みして、矢車は店の入り口へ足を向けた。
 ドアを開けた途端、外気の熱が肌を刺す。

「暑くないか、その格好」
「それも、いらん世話だ」

 もっともな天道の指摘をあえて無視し、矢車は片袖の黒いコートをバサリと翻した。
関連記事



【楽園依存症候群(2)】へ  【楽園依存症候群(4)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【楽園依存症候群(2)】へ
  • 【楽園依存症候群(4)】へ