楽園依存症候群

楽園依存症候群(8)

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「親父! 何だよ、これ」

 加賀美新は声を荒げて、渡された書類を父親に突き返した。

「見て分からんか」
「分からないから聞いてんだよ!」

 矢車と天道が店を後にした直後、加賀美は父親から電波通信の分析ができたとの連絡を受け、急ぎ自宅へ戻った。
 ところが、見せられたのは、○と×が不規則に印字されたA4用紙の束。暗号らしいと想像がついても、肝心の内容がまったく分からない。

「アレシボ・メッセージといってな。×はパルスを、○は各休止期間を表している。宇宙の知的生命体が普遍的に用いる通信方法だ」

 ゆっくりした口調で、加賀美陸は諭すように言う。
 余計に苛々し、加賀美は床を踏み鳴らした。

「能書きはいいから。なんて書いてあるんだ?」
「『時は来たれり』」
「……は?」

 短い答えに思わず呆気に取られ、父親の顔を見つめる。
 これだけ多数の○と×があるのに、たったそれだけに集約されるものなのか。

「私なりの解読だよ」
「口からでまかせじゃないよな」
「脚色と言え」

 悪びれもせず空とぼける陸の言葉は、どこまで本当か甚だ疑わしい。
 けれどこの期に及んで嘘はつくまいと、加賀美は出かかった文句を飲み込む。

「同様の通信が、ノルウェー、カナダ、南太平洋上でも確認された。一大イベントになるやもしれんな」

 陸は考える素振りで天井を仰いだ。
 海外の隕石落下地点と呼応する通信、集うワーム。良くない企みが進行しているとしか思えない。

「親父、渋谷廃墟のワームの数はどのくらいだ?」
「各地から集結したとして、ざっと見積もって……」

 あっさり告げられた数字は最悪だった。

(ヤバイ……! 天道と矢車さんが)

「おい、新! 最後まで話を聞かないか」
「そんな暇ないよ!」

 加賀美はすぐさま外へと走り、バイクに飛び乗る。
 予想通りなら、二人はとんでもない数のワームの巣の中へ乗り込んだことになる。
 日が落ちかけた街中を、バイクは渋谷廃墟へ向けて疾走した。





 既に闇が落ち、崩れた建物の残骸が不気味なほど白く感じられる。
 渋谷廃墟のほぼ中心に、隕石落下の無残な爪跡があった。大地をえぐり取った大きなクレーターは、まるで宇宙空間のブラックホールそのものだ。

「電波の発信源はこの辺りだ」
「地下、か」

 矢車はためらうことなく窪地の斜面を滑り降り、天道もそれに続く。
 周囲に人工物はなく、クレーターの底は固い地面ばかり。

「見ろ。ここに段差がある」

 地面を蹴っていた天道が、ふいに矢車を呼んだ。
 足元はその場所だけ柔らかく、かぶせられた土は手で簡単に払いのけられる。地面の下から現れたのは、マンホールに似た金属製の大きな蓋だ。

 重い蓋を二人がかりで押し上げると、軋んだ音を立てて入り口が開いた。
 地面に開いた縦穴は、まっすぐ下へと伸びている。
 底まで五、六メートル。人ひとり通れる程度の幅で、側面に鉄製の梯子が付いている。縦穴の様子を見るに、頻繁に使われる通路なのだろう。

 地下に入れば、脱出時に不利になる。
 その事に気付かない二人ではない。それでも引き返すわけには行かなかった。

「俺が先に行く」

 天道を遮るように前に出て、矢車は注意深く梯子に足を掛けた。
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