楽園依存症候群

楽園依存症候群(15)

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 渋谷廃墟から飛び立った宇宙船は、大気圏を出て程なく自爆した。
 加賀美陸は客間のソファに深く腰を下ろすと、天道と息子の新にそう事実を伝えた。

 電波信号から割り出した宇宙船の発進時刻は、まさにぎりぎりだった。危うく天道たちは難を逃れたものの、船内に残ったワームはすべて宇宙に散った。
 レミングシステムはコンプリートだ。

「ZECTは、初めからレミングを知っていたのか」
「きみが知っているのと同程度だよ」

 咎めるような天道を、陸は軽く肩を竦めて受け流す。

 ノルウェーの子らによってレミングシステムが日本に持ち込まれ、発動した。
 ZECTの関与しないところで計画が進んでいたとはいえ、ワームを一掃できたのだから、結果としては悪くない。
 しかし、日本での許可なく実行された件は容認しかねる。子供による両親殺傷事件が副産物とすれば、レミングシステムは危険な代物だろう。

「……あの子たちは、ワームだったのか?」

 黙って聞いていた加賀美が、俯いたまま問い掛けた。
 助けられなかった子供たちを思うと、行き場のない憤りに心が痛む。

「今となっては分からんよ。ただ、どちらにしろ」
「子供たちを操り、システムを持たせた黒幕がいる、ということだ」

 陸が言い終わる前に、天道が言葉を奪う。

「その通り。レミングは、特定の音を媒体にしたウイルスのようなものでね」

 ちらりと天道に目をやるが、今度は口を挟んでこないので、陸は説明を続けた。

「まずは、一個体をレミング状態にする。その個体に接触した別の個体が、またレミングになる。無論、保有者自身はそれに気付かない。こうして、汎発流行パンデミックが起こる」

 レミングの子供たちを日本へ導き、ワーム殲滅の道具として使い捨てた。
 父親の言葉を噛みしめ、加賀美は爪が食いこむ程に膝の上で拳を握る。

「レミングを誘発する音とは、何だ」
「心音だよ」

 天道の問いに、陸は誤魔化すことなく端的に告げた。

 心臓の脈動は、人間が誰しも持つ音であり、最も安心感を与える音。開発者側の立場からすれば、最適な媒体なのかもしれない。
 けれど、レミングシステムはワームへの対抗手段という範疇を逸脱している。

「ノルウェーの研究機関がキナくさいが、ZECTは表立って動けないからね」
「で、どうする気だ」

 疑問形で聞いてはいても、天道は陸の打つだろう手に心当たりがあった。

「現地で調査するのが一番だ。どこかに適した人材はいないものかな」

 いつもながら、陸の言葉は回りくどい。分かっているだろうに、と天道は辟易した。





 ZECT所属の医療所のベッドで、影山はぼんやりと白い天井を眺めていた。
 ワーム化抑制の治療を受け、ただベッドに横になっている。部屋の外には監視が付き、軟禁状態に近い。

 影山は毛布からもぞもぞと両手を取り出し、目の前にかざした。
 罪を犯した手。その手はまだ、矢車の血にまみれている気がする。

 宇宙船がレミングの旅立ちを終えた後、影山の意識は以前の状態へ緩やかに戻った。
 あれほど強かった楽園への渇望も今や色褪せている。
 子供たちが自ら命を絶ったことは、知らされずとも分かっていた。影山自身同じ道を辿ろうとしたのだから。

(ごめん……)

 自分だけが助かった罪悪感と虚無感が、影山の心を押しつぶす。
 子供たちと共に目指した楽園は、あるはずのないもの。“永遠” は、どこにもない。

(兄貴、生きてる……かな)

 瞼を閉じると、矢車をナイフで刺した瞬間の光景がまざまざと蘇る。
 顔を合わせられないという気持ちはあった。それでも、影山は矢車の無事が気に掛かった。
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