フレイアは笑わない

フレイアは笑わない(4)

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「兄貴、行こう!」
「やめとけ。警察に任せればいい」

 今にも駆け出しそうな影山とは反対に、矢車はまったく気が乗らない。
 異国の地に来てまで、事件に巻き込まれるのはごめんだった。

「だって、ただ事じゃなさそうだよ!」
「お、おい、荷物が」

 重い食料品の袋を抱えたまま、矢車は影山に腕を引かれ人だかりの方へ行く。
 怪物が出た、という喚きや囁きがあちこちで上がり、人々が怯えた様子で雑踏を逃げ惑っていた。

(怪物……、ワームか?)

 矢車は周囲を見回した。
 路上には騒ぎ立てる人間ばかりで、怪物とやらの姿は見当たらない。もしワームだとすれば、クロックアップで瞬時に逃げてしまえる。

「ちょっと持ってろ」

 影山に荷物を預け、矢車は人垣を押し退け騒ぎの中心へ向かった。
 石畳の歩道に女が倒れている。矢車は傍らに膝を付くと、身動きしない女の首筋に手を当てた。脈を診て、既に手を尽くせない状態だと悟る。

「兄貴、その人……?」

 大荷物のせいで、影山の足取りはよろよろと覚束ない。相棒を一瞥してから、矢車は遠巻きに見ていたノルウェー人の男に声を掛けた。

『何があった? 怪物ってのは、緑色のやつか』
『そうだ、緑色の……。いきなり現れて、殴り掛かって。すぐ消えちまった』

 それだけ聞くと、矢車は踵を返し影山を促した。荷物を奪い取るように、再び自分の腕に持って。
 やがて、遠くから救急車のサイレンが聞こえきた。

「ワームを追うんだね!」
「バカ。帰るぞ」

 血気にはやる相棒に、矢車はうんざりといった口調で返す。

「どうしてだよ? 俺たち、ワームの調査に来たんだろ」
「ワームの調査じゃない。ボーヒネン・ラボの内部調査だ」

 ノルウェーの事件はラボが対処すればいい。
 外国人の自分たちが勝手に動けばトラブルになりかねないのだが、影山には大人の事情が飲み込めないらしい。

「だって、結局ワーム絡みじゃん」
「今日は無理。丸腰で行けるか」

 荷物もあるし、と矢車はさも重そうに肩を揺らす。影山は抗議の目を向けながらも、渋々矢車に従った。
 二人が歩き去る横を、救急車が通り過ぎて行く。

 影山の言う通り、ラボを探ればどうしてもワームに行き着く。
 レミングシステムでノルウェーのワームはほぼ壊滅。生き残りが潜んでいるとすれば、隕石跡地の可能性が高い。
 隕石が落ちたフログネル公園は、オスロ都心部からそう遠くない距離にあった。

(本当に厄介なのはワームじゃない。……人間だ)

 煩わしい任務を思い、矢車は溜息をついた。ラボの連中に気付かれないよう動く必要がある。
 腕に抱えた荷物とは比べようもない重みが、背に圧し掛かっていた。





 それほど緯度が高くないオスロでも、夏は白夜を迎える。
 疲れていたはずなのに、白夜のせいか、矢車はなかなか寝付けなかった。
 真夜中にようやく暗くなり、四時頃にはもう空が白んでいた。部屋の窓からは、明るい日が差し込んでくる。

 昇る太陽を少し恨みがましく思いながら、矢車はベッドから降りた。
 かつて日の光を求めたけれど、人間には夜の闇も必要なのだろう。

 隣のベッドは、もぬけの殻だった。珍しく早起きした影山は、施設内を探検すると言い置いて、少し前に部屋を出て行った。
 矢車は眠ることを諦め、カーテンを開ける。

「おはよ、兄貴! ……うわ、ヒドイ顔」

 影山が戻ってきた時、時刻は七時半を示していた。

「ひどくて悪かったな」
「眠れなかったの?」
「まあな。お前は……?」

 気だるく前髪をかき上げ、チェストの上にあるIDカードを首から下げた。
 施設内を歩く際は、携帯していないとセキュリティに引っ掛かってしまう。

「俺はしっかり寝れたよ。兄貴、今日ヒマ?」
「午後から、電話会議がある」
「なら、昼までに戻ればいいよね。俺も午後は治療だしさ」

 行くとも言っていないのに、影山は出掛ける気満々でいる。
 はい、とホッパーのライダーベルトを渡され、行き先の見当がついた。

「……フログネル公園か」
「そ。兄貴だって、気になるだろ」

 ラボを先に調べる予定でいたものの、特に相棒を止める理由が見つからない。
 どちらにしろ、隕石跡地は避けては通れない場所だ。
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