ハロウィン・カーニバル

ハロウィン・カーニバル(5)

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 街外れに、赤い屋根の古めかしい洋館があった。
 金持ちの別邸らしいが、表札はなく、住人がいるのかどうか不明。門にはいつも鍵が掛かっており、誰かが出入りするのを見た者はいない。

 この手の洋館には、オカルト的な噂が付き物で。真夜中に電気が付いて、怪物の影が窓に映っただの、悲鳴が聞こえただの、どこからどこまでが本当か嘘か分からない話は、以前から耳にしていた。

 影山が、その洋館の前を通り過ぎたのは、ほんの偶然。
 門を越えて不法侵入しようなんて気は、さらさらなかった。ただ、前を歩き去るだけのはずだった。

 それなのに――。





「うっ……」

 頭が痛み、影山は呻いてぎゅっと眼を閉じた。何かを思い出しかけたが、また記憶は遠のいてしまう。

「お前も俺と来るか、相棒?」

 徐々に消滅しながら、矢車は戸惑う影山に手を差し伸べた。空気に溶け込むように、その輪郭もぼやけていく。

「俺と一緒にいたいなら、お前も来ればいい」
「兄貴と、一緒に……」

(ひとりは、嫌だ。もう……)

 これからずっと孤独に生きていくことを考え、影山はぞっとする。
 無理だと思った。それくらいなら、矢車と共に死の世界とやらへ行ったほうがいい。

 ゆるゆると矢車の手を取ろうとしたのだが。突然、ズキンと割れるような頭の痛みに襲われ、顔を歪めると同時に、影山は伸ばした手を引っ込めた。

  これは、警鐘かもしれない。

(思い出せ。何か、忘れてる……)

 もう一度眼を閉じた。消滅していく矢車の姿を、視界から追い払うために。
 姿を見ていると、手を取りたい気持ちに、逆らえなくなりそうだから。

 閉じた瞼の奥で、影山は、矢車が自分の名を呼ぶ声を聞いた気がした。
 頭からようやく靄が晴れ、記憶が断片的に再生されていく。

 そう。あれは、ハロウィンの前日、ほんの昨日のことだった。

「……お前、あの洋館にいた奴、だな?」

 今度は迷いのない目で、影山は矢車の形を取っているモノを睨みつけた。
 こいつは矢車ではなく、おそらく洋館で遭遇した存在。影山を捉えた悪意の塊。悪霊と呼ぶべきもの。

 すでに白い霞のように薄れたそれは、一瞬驚いた顔をした後。

「正解」

 ケラケラと笑って、宙を浮遊し始めた。いつの間にか、別の白いものたちが続々集い、周辺を舞っている。

(逃げなきゃ!)

 影山は焦るが、どこに逃げればいいか分からない。
 風景はもはや馴染んだ土手ではなく、現実ともつかない虚無の暗闇に一変していた。見えるのは、かがり火の明かりだけ。

 昨日、洋館の前を通った後の記憶が、影山にはなかった。
 それでも、今日は普通に朝起きて矢車とショッピングモールへ向かった。ハロウィンの買い物をするために。
 おかしくなったのは、矢車がかがり火を焚き始めてからだ。

 自分の身に、何かが起こったに違いない。あの洋館で押し寄せてきたのは、姿のないざらつくような悪意。思い出しただけで身震いする。

「兄貴……助けてよ、兄貴!」

 すがることができる唯一の手を求めて、影山は叫んだ。

『俺がお前に危害を加えるわけ、ないだろう』

 矢車の声が、頭の中で再生される。「かがり火は、悪霊から身を守るためのものだ」と。

(かがり火……)

 ずっと燃え続けている炎は、あるいは目印なのかもしれない。むしろ恐ろしくて、避けていたけれど。

 白いものたちは、かがり火の近くに寄って来ない。矢車の姿を取っていたものも、ゴーストになってからは、かがり火を避けているように思えた。

 影山は、覚悟を決めて駆け出す。

『もっと火のそばへ来い』
「……うん、兄貴」

 あの時は、逃げ出してしまった。でも、今度は――。
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