鬼殺し

鬼殺し(1)

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 ノルウェーの冬は、日本より寒さが厳しい。
 サマータイムも終わり、あの白夜が嘘のように、昼間でも空はどんよりとして日の差さない事が多かった。

 フィヨルド観光に連れて行ってくれる、と約束した矢車は、昼間は仕事に出掛けている。
 影山も働きたかったが、矢車ほどノルウェー語が堪能でなく、まだ職探しは無理だった。
 アパートにひとり残された影山は、退屈そうにノルウェー語の辞書とテキストをぱらぱらとめくる。

(夕食の買出しにでも行こう)

 厚めのコートを着込みマフラーを巻いて、アパートを出た。
 ここ数日、太陽は昇らず、陰鬱な天気が続いている。気晴らしにはならずとも、きりりとした外気の冷たさで身は引き締まった。

 行きつけのパン屋でバケットを買い、影山はいつものようにレジへ持って行く。
 すると、顔馴染みのパン屋の主人が不思議そうに聞いてきた。 

「あれ、さっきので足りなかったのかい?」
「え、俺、今日はここ来るの、初めてだけど」

 店主は英語で話してくれるので、影山にもある程度理解できる。

「何言ってるんだい。バケットを買いに来てくれたろう。兄貴は元気か、って聞いたら、仕事だ、って言ってたじゃないか」

 影山が冗談を言っていると思ったのか、店主は笑って釣り銭を手渡した。

(……俺が、来た?)

 なんとか言葉は通じても、どういうことなのか状況が分からない。

「俺、本当に、今日はおじさんに会ってないよ。他の人と間違えてない?」
「まさか。この辺りに住む日本人は、お前さんたちくらいしかいないし。代金はツケにしといて、と言われて、サインももらった」

 そう言って、店主が見せてくれた帳面には、確かに “S.Kageyama” とサインが入っている。

(誰だ、これ書いたの……)

 少なくとも影山自身でないことだけは、確実だ。
 顔色を変え食い入るように帳面に目を落とす影山に、店主もただ事でないと感じ取ったらしい。

「ほんの5分程前だよ。遠くには行ってないと思うが」

 その言葉が終わらないうちに、影山は店の外へ飛び出した。
 影山たちが住む街区は、観光目的の旅行者はほとんどやって来ない。パン屋や雑貨店など小さな店がいくつかある他、アパートや街路樹が立ち並ぶばかりで、賑やかさはなかった。

 閑散とした路上で周囲を見回していると、突然背後から日本語で声を掛けられた。

「久しぶり」

 嫌と言うほど聞き覚えがある声。
 信じられない気持ちで振り向き、影山は驚きのあまり息が止まりかけた。

 目の前にいるその男は、影山と同じ顔をして、影山と同じ声で話す。
 まるで鏡に映ったように、瓜二つの日本人が顔を突き合わせている様は、傍から見ればひどく奇妙だったに違いない。

「お前、誰だ……!?」
「ムキになんなよ。食う?」

 青ざめる影山に、影山そっくりの男は何食わぬ態度でバケットのサンドを差し出した。

「美味いな、これ」

 買ったばかりのバケットにかぶりつき、男はもごもごと口を動かす。

「なんで、お前がここにいるんだ。答えろよ!」
「分かってんだろ。俺はお前なんだから」
「ふざけるな!」

 狼狽した様子で、影山は片袖の黒いコートを着た男の胸倉を掴んだ。
 男は面白そうに影山を見つめるだけで、その手を払いのけようとはしない。

(こいつは――)

 触れたことで、影山は本能的に理解した。
 男は自分自身。正確には、ワームだった頃の自分だ。

 夢の中や心の中で、これまで何度も対面している。けれどノルウェーで治療を行ってからは、身の内に存在を感じることはなくなり、ワームは完全に消え去ったと思っていた。
 なのになぜ、実体を伴って現れたのか。

 同じ顔の日本人が二人、しかも片方は左の袖がないコートを着ているとなれば、人通りが少なくとも注目を集めてしまう。

『見せもんじゃない、あっち行け!』

 流暢なノルウェー語でもうひとりの “影山” が声を上げると、道を歩く人々は気まずそうに足を速めた。

「俺も居場所がなくて困ってるんだ。突然、体から追い出されちゃったし」

 バケットをたいらげた後、ワームの影山は溜息交じりに言った。
 なぜ実体化したのかなど、自分の方こそ聞きたい。もともと意識だけの存在で、影山本体から排除されれば消える運命だったのに。

「今さら……、何の用だよ」
「ゲーム、しないか?」

 警戒を強める影山に、“影山” は子供のように目を輝かせ、提案する。

「お前が勝ったら、俺は消えてやる。俺が勝ったら、お前が消える。どう?」
「な……」
「だって、同じ人間が二人いるわけにはいかないじゃん」

 体を持った以上は、居場所が必要だった。
 戸惑う影山本体を尻目に、“影山” は舗道沿いの店の中の時計を指差す。
 時刻はちょうど午後三時。矢車が帰ってくるまで、あと三時間程。

「兄貴を出迎えるのは、どっちかな」

 ワームの影山は楽しげに声を弾ませる。
 否応なく巻き込まれてしまったゲームに、影山は為す術もなく立ち尽くした。



※キリ番39999を踏まれた春巻様から、「ネイティブ化して矢車を襲う影山」のリクを頂きました。ありがとうございます。
『フレイア』の後日談になりますが、「鬱展開」そして「最後に射し込む、一筋の光」を目指して・・・がんばりまっす(^^)
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~ Comment ~

>春巻様 

着膨れ影山はワタシも想像しました(笑)。
なんか、寒さに弱そうな気がして・・・(^^;

今回は影山主役ですね。いじめがいがありそうな・・・あ、いやいや。
ダーク影山は、ちょっと書いてて楽しいかもですv

直球ド真ん中! 

いやー、全力で投げたらホームラン打たれたって感じ?これ、癖になるかも。
文章を読むときはいつも、細かいディテールまで想像するのですが、今回厚手のコートとマフラーで着膨れた影山を想像して・・・禿げ萌えた。
この可憐な天使が、今後いかようにその翼をもがれてゆくのかと想像するに・・・ハアハア・・・
別サイトの方も展開が楽しみで、秋の夜長がより充実したものになりそうです。
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