鬼殺し

鬼殺し(5)

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 影山の気配が変わったことに気づき、矢車は体を硬直させた。
 狭い路地裏で、変貌していく相棒の姿を、矢車は息を殺して見つめる。

「目を覚ませ、相棒!」

 今度は右手だけに留まることなく、影山の全身が緑色のワームへと変わっていた。
 呼びかけても、影山の心には届いていない。遅過ぎたのか、と矢車は悔やんだ。

 逡巡する矢車に、元は影山だったものは躊躇なく襲い掛かっていく。
 矢車は反撃はおろか、影山を置いて逃げることすらしなかった。絶対に見捨てないと、約束したばかりだ。

「く……っ!」

 攻撃を受け流し、身をかわしたところで、どこかの家のゴミバケツに足を取られた。バケツの蓋がころころと転がり、その先から路地に不釣り合いな大勢の靴音が轟いてくる。
 さらに、マシンガンに弾を装填する音が続いた。

(ワーム狩りだ)

 ネックレス効果で発覚したワームを始末するための、ゼクトルーパーたち。
 一団のトルーパーの銃口がすべて影山に向けられるのを目にした時、矢車の背筋がさっと冷えた。

「やめろ!」

 叫ぶと同時に、矢車は痛む体を起こし反射的に駆け出していた。
 耳をつんざくような銃声と同時に、矢車が影山のワームに飛びつき、もつれるようにして地を横転する。
 背後のブロック塀には、幾つもの弾痕がうがたれ、硝煙を上げていた。

 ZECTは、今や組織自体が内部分裂を起こし、半ば暴徒化している。
 一般市民の巻き添えも辞さない。 

「逃げろ、早く! 今夜、埠頭で落ち合おう」

 衝撃によって影山の意識のもやが晴れ、矢車に庇われたのだとようやく認識できた。
 マシンガンブレードを構えるゼクトルーパーたちに、影山は唖然とした。

 どうして、トルーパーに狙われているのか、どうして矢車は影山を助けようとするのか。
 頭の中が混乱し、何もかも訳が分からない。

「奴ら、もう見境なしだ。死ぬなよ、相棒」

 それだけ言って、矢車は影山の肩をトンと押す。行け、という合図。
 電柱の後ろに身を隠し、矢車はホッパーゼクターを掴んだ。自ら囮になり、トルーパーの注意を影山から逸らす。

『生きろ』

 矢車の言葉に追い立てられるように、影山は銃撃音を背後に聞きながら走り去った。

 夢中で路地裏を抜け、大通りに出ると日常の光景が広がっていた。
 空には、曇の合間を抜け時折冬の陽が覗く。

 ほっと安堵した影山と逆に、行き交う人々はなぜか悲鳴を上げた。
 恐ろしい物を目にしたかのごとく顔を歪ませ、影山を避け逃げ惑っている。

 バケモノめ、と勇敢な少年に小石を投げつけられて初めて、影山は己の異形に気づいた。
 震えながら両手を見つめ、次にゆっくりと体を見回す。

(は、ははは……)

 影山は心の内で乾いた笑いを漏らした。声帯を持たないワームの身では、声を出して泣くこともできそうにない。
 ワームだったのは、矢車ではなく、影山自身。

『そんな姿で生きていくくらいなら、殺してあげる』

 先程抱いていた暗示にも似た観念が、今度はそのまま己自身に跳ね返る。

(こんな姿で、生きていくのなら)

 足を引きずるようにして、影山は埠頭を目指した。矢車との約束の場所へ。
 自我を取り戻したおかげで、なんとか人の姿に戻ることができていた。それでも、そのうち完全にワームに変わる。
 おそらく、次は二度と人間の意識を保てないだろう。


(殺してよ、俺を)

 それが、唯一の願いだった。
 もう希望は持たない。何も、望まない。
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