聖夜は静かにふけて

聖夜は静かにふけて(2)

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 車窓から見える外はすっかり暗くなり、今日の予定は、完全にパア。
 兄貴の鬼気迫る形相が、目に浮かぶ。
 誰のために計画した旅行だと思ってるんだ、とか、なぜ乗る前に気付かないんだ、とか。

「俺だって、好きで間違えたわけじゃないよ」

 空想上の兄貴が言う文句に、俺はブツブツとひとりで反論してみる。イメージトレーニングってところ。
 そのうちに、列車はミュルダール駅に到着した。まだ日のあるうちに見た時とは、印象がだいぶ違う。

『こんな日本人、見ませんでしたか?』

 ともかく駅周辺を探し回り、駅員さんに兄貴の行方を尋ねる。
 身振り手振りで兄貴の風体を示しても、答えは「Neiナイ」。つまり「ノー」。

(ミュルダールにいないとすれば、フロム)

 フロムへの途中の滝が絶景だと、親切な駅員さんが教えてくれるものの、俺の今の目的はそこじゃない。

『今日はもう、フロムへの運行はないよ』

 その駅員さんは、さらに親切なダメ押しをくれた。

「ってことは……」

 俺はだんだんと不安になってくる。本当に、冗談じゃなく迷子になってしまったらしい。
 このまま永遠に、兄貴と会えなかったらどうしよう。

 兄貴がベルゲンに向かったとして、途中で下車してる可能性は低い。となれば、やっぱりベルゲンかフロム。
 でも、フロムには行けないとなると。

「どこかに泊まらなきゃ」

 今日移動することは、もう諦めた。このままオスロに帰るという手もあるけれど、なんせ五時間の道のり。
 せっかく来たのに、とんぼ帰りは悔しいし、兄貴が帰っているわけもない。

 ミュルダールに宿泊できそうな場所はなくとも、ベルゲンならまだ都会だ。
 どんよりと重たい心と脚を引きずって、俺はベルゲン行きの列車に再び乗った。

 暗くなればなるほど、車内の寂しさも増す。
 窓から見える夜の銀世界は、神秘的ながら、怖い。この世界に、まるで自分ひとりしかいないような孤独感。

 どこかの駅で停車し、ちょうどミュルダールへ向かう列車がホームに入ってくるのが、窓の向こうに見えた。
 すぐ隣の車線で停まった、あちらの車内もガラガラ。やっぱりこんな遅くに、列車に乗ってる奴なんて、そういない。

 しかし、列車の中に、まさに探している日本人の姿があった。

「……兄貴っ!」

 叫んだ時には、俺は列車から駆け降りていた。停車時間は、そんなに長くない。

「俺ここだよ、兄貴っ!」

 発車を告げる音にかき消されそうになり、俺は大声を張り上げる。
 およそ聞こえたとは思えないのに、何かの勘が働いたのか、兄貴は俺の方を振り向いてくれた。

「相棒!?」

 気付くと同時に、列車から走り降りる兄貴。
 両方の列車が発車した後、それぞれのホームに、俺と兄貴の二人だけが取り残されていた。





 もはや急ぐ必要はなかった。列車は出てしまったし、どちら行きも、あれが今日の最終とあっては。

 すなわち、今夜は、この僻地の駅で夜明かしをしなければならないという最悪の事態。
 さぞや怒ってるだろうな、と俺は、おそるおそる反対側のホームへと渡る。

「ごめん、兄貴! けど俺だって、好きで間違えたわけじゃなくて……」

 さっきの予行練習通りに、とりあえず謝ってみる。
 いつまで待っても罵声が飛んでこないので、どうしたのかと顔を上げると、いきなり頭をごつんとやられた。

「あ、兄貴?」
「バカが。迷子になったら、凍死だと言ったろう」

 表情は見えなかったものの、兄貴の声は少し震えているような気がした。もちろん、凍えてもおかしくないほどの寒さの中だ。

「ごめん、なさい」

 今度の謝罪は、心配をかけてしまった兄貴に、心の底からの言葉だった。

 兄貴がベルゲンからの列車に乗っていたことを考えると、多分、俺を探しにベルゲンまで行って。
 俺がいないらしいと分かって、またミュルダールに戻ろうとしていたんだろう。完璧に、行き違い。

「フィヨルド観光、できなくなっちゃったね」
「それより、今夜どこに泊まるかの方が問題だな」

 闇の中に浮かび上がる氷雪を眺めながら、兄貴は白い息を吐く。

 駅舎近くに、バックパッカー向けのゲストハウスがあったことは、神様に感謝したいくらいの幸運。
 野宿を免れた俺と兄貴は、心から安堵した。

 朝起きたらカチンコチンに凍ってたというシチュエーションも、シャレにならない。この、冬場のノルウェーでは。



※注:ワタシのノルウェー観光案内(?)はあまり当てにはなりません(^^;
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~ Comment ~

>I様 

コメント、ありがとうございましたv
いや~恥ずいです、この展開・・・(^^;
ベタだけど、列車のシチュは書きたかったのでした。
洋画とかでよくありますね~。
ショーン・コネリーとキャサリン・ゼタ=ジョーンズの『エントラップメント』もそうだったなぁと・・・(^^;

わー、Iさんの2次元初惚れは幽白キャラでしたか(^^)
何を隠そう、私がBLに本格的にハマったのは、幽白でした・・・(--;
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