聖夜は静かにふけて

聖夜は静かにふけて(3)

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 結局、翌朝早く、俺と兄貴はオスロに戻る列車に乗った。
 ふたりして無駄な列車代を使ってしまったわけで、これからどこかに出掛けるなんて事は、体力的にも予算的にも無理な話。

(せっかくの旅行だったのに)

 ちらちら舞う雪を車窓から眺め、俺は落胆の溜息をつく。兄貴は、両腕と両脚を組んで、うとうとと眠っていた。

 くたびれた体で、ようやくオスロに戻ってみれば。街の店という店は、すべてシャッターが下りている。
 レストランで何か食べようと思っていたのに、それどころか、食料品を買うこともできない。

「な、なんで店閉まってんだよ!? クリスマスなんて、書き入れ時だろ」
「そう考えるのは、東洋人くらいなもんだ」

 この状況を予測していたように、兄貴が答える。

「クリスマスには仕事は休み、もちろん店も。家族と過ごすための、大切な日だからな」
「家族……」

 その言葉が、俺の心に引っかかった。

 普段からは考えられない静かな街並みを、俺と兄貴は黙って歩く。
 日本ならたとえ一人きりでいても、街に出れば賑やかなのに。こんなにひっそりとしたクリスマスは、初めてだ。

 アパートに戻ると、兄貴はさっそく冷蔵庫をチェックする。

「卵と、野菜が少し。あとはパンか」
「ほとんど買い置きしてないよ。店が開いてないなんて、思わなかったし」

 少し不貞腐れて、俺はコートを着たままベッドに倒れこんだ。

「靴ぐらい、脱げ」

 目ざとく、俺に小言を言う兄貴。

「……疲れた……」

 ぼんやりと天井を眺めながら、俺はぽつりと呟いてみる。家にたどり着いた途端、気が抜けたのか、急激に疲れと眠気が襲ってきた。
 どうせ、外出しても仕方ない。アパートの中にいても、何もすることがない。
 白夜の国でも、やっぱり俺たちは、世間からのけ者にされているような気がする。

 そのまま少し眠ってしまったらしく、起きた頃には、外はすっかり真っ暗だった。
 もっとも時計を見ると、まだ十六時そこそこ。部屋の明かりが点いていなかった為、兄貴がいないのだと分かる。

「俺が寝てる間に、出掛けちゃうなんてさ」

 寝起きの機嫌の悪さも手伝って、どこかに文句をぶつけたい気分だった。

「兄貴のバカ、ツンデレ、ムッツリスケベ」
「……誰が、バカでツンデレでムッツリスケベだ」

 タイミング良くというか悪くというか、コートや頭に付いた雪を払い落としながら、兄貴が帰ってきた。
 人の悪口を言っていると、その人が現れると言うが、まさにそれ。

「あ、おかえり。どこ行ってたのさ、こんな日に」

 内心冷や汗をかいていた俺を、兄貴はジロリと睨んだが、今の暴言は不問にしてくれたらしい。

「知り合いに少し分けてもらった。これで、一応クリスマスディナーらしくなるだろ」

 手に持った包みをガサガサと開くと、ポークリブの塊が出てきた。

「まだ早いが、昼も食ってないしな。腕をふるってやるよ」

 そう言ってキッチンに向かう兄貴を直視できず、俺は顔を伏せる。
 どうして、今日は、そんなに優しいんだろう。いつもは、全然優しくないくせに。
 うっかりすると、目から熱いものがこぼれそうになる。

 俺のせいで、せっかく兄貴が計画してくれたフィヨルド観光がダメになって。今だって、雪の中、兄貴が食材を調達しに行ってくれてたのに、俺はずっと寝てただけ。

「……いつも通りでいいよ、兄貴。クリスマスが台無しになったのは、俺のせいなんだから」

 兄貴の背に向かって呟く俺は、いじけた子供のようだ。

「なんで、兄貴は、怒んないんだよ! 怒ればいいだろ」
「……本当に、バカな奴だな。お前は」

 怒りを滲ませた眼差しで、兄貴は俺のジャケットの襟をつかむと、ぐいと自分のほうに引き寄せた。が、その手はすぐ離される。
 何の言葉もなく、再びキッチンに立つ兄貴の後から、俺はそろそろと声をかけてみた。

「あ、兄貴……?」
「俺に、怒って欲しかったんだろう」
「そう、だけど」
「だから、怒ってやったんだ」
「へ?」

 俺のほうに目もくれず、手早くフライパンを動かす兄貴。
 “俺に対して” 怒らないのか、と言ったつもりなんだけど、言葉の行き違いがあったようだ。

 やがて、フライパンの上から、肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。

「クリスマスイブにカリカリしても、つまらないだろう」

 卵を出しておけ、と言って、兄貴は俺にバサッとエプロンを放る。

「目玉焼きは、お前が担当。焦がしたら、パンなし」
「な、それ、ひどいよ、兄貴!」

 異議を唱える俺に耳を貸さず、兄貴は皿を並べ始めた。
 やっぱり、優しくないかもしれない。

(家族、か)

 椅子に座って新聞を広げる兄貴と交代に、今度は俺がキッチンに立つ。

 今日は、クリスマスイブ。外に出て、浮かれて楽しむことはできなくても。多分、この日は、大切な『家族』と過ごす、一年で一番暖かい夜なんだろう。

 素直にそう思えて、俺は窓の外に降る真っ白な雪に目をやった。


 END
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~ Comment ~

>春巻様 

クリスマスプレゼントになりました?
そう言って頂けると、とっても嬉しいです(^^; ありがとうございました。
いや、もう兄貴は母親か、ってツッコミたくなります。ムッツリスケベと言ったワケは別館で・・・(笑)。

三島さんは、ほんと存在感ありますね。私の書く話では、田所さんと並んで登場場面の多い御方かもしれない・・・。
本編でも思いっきり悪玉だったので、遠慮なく書けるというか。
田所さんは、申し訳ないと思ってます・・・あんなに性格破綻してて(爆)。

このおはなしをクリスマスプレゼントとして受け取りました。 

なにげに本来の意味でのクリスマスを過ごしている兄弟ですね。腹をすかせた弟のために食料を調達してくるとこが泣かすじゃないですか、このムッツリスケベ!(ほめ言葉)
あと別館のほうですが、出た!セクハラメガネ!この人が出てくるととたんにストーリーに暗雲が垂れ込めるんだよなあ。あらためて、その存在感の大きさに驚きます。今後の展開に期待しています。熱い年の瀬になりそうだ・・・
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