悪魔は夜歩く

悪魔は夜歩く(6)

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矢車の夜 第6夜


 日々ZECTと自宅のマンションを往復するだけで、普段は夜の街に繰り出すことなど滅多にない。
 浮わついた気持ちで務まる仕事ではないし、酒も女も、俺にとってそれほど魅力的なものではなかったから。

 けれど、ヴァンパイア連中が行動を起こすのは、たいてい夜。
 飲みたくもない酒を飲み、相手にしたくもない女たちと適当に会話を交わして、俺という餌に連中が食いついてくるのを待った。

「……今夜も収穫なし、か」

 近場のバーで、生ビールのジョッキを傾けながら、俺は溜息を漏らす。
 もう一週間になるのに、ヴァンパイアが俺を狙っているという情報はガセだったのではないかと思うほど、向こうは尻尾を現わさない。

「え、何、どうかしたの?」

 野太い声がなければ、どう見ても女性にしか見えないホステスが、俺の顔を覗き込んだ。
 なんでもない、と愛想よく答え、ジョッキを飲み干し、追加をオーダーする。

「ピッチ速すぎるわよ、お客さん。飲み過ぎじゃない」

 同性のホステスは、苦笑交じりに忠告してくれる。

「大丈夫。俺は、酔わないんだ」

 空ジョッキを渡す俺の呂律は、まったく素面と同じ。
 酔わないのではなく、酔えない。時には酒に溺れてみたいと思うこともあるが、よほどアルコールに強い体質なのか、酒で気分が高揚することはない。
 だから、俺は普段は酒を飲まない。飲んでも仕方がない。

 そんな俺の冷めた心と対照的に、対面のカウンター席がやけに熱く盛り上がっていた。
 正確に言うと、ひとりで騒ぎまくる男の周囲を、他の客たちが面白そうに取り巻いている。

 店のママが、「飲み過ぎよ、瞬ちゃん」と、先程俺も聞いた台詞を連発し、おろおろと視線をさまよわる。
 その目線が、俺を見てはたと留まった。

「あ、アナタは……!」
「え?」

 このバーに客として訪れたのは初めてで、面識などないのに、店のママは俺を知っている様子だった。
 俺の方へ駆け寄ろうとする彼女、もとい彼のドレスの裾を、騒ぎの中心にいる男がギュッと掴んで引き止める。

「ねー、ママもそう思うでしょ!?  ヒドイ男だよねー、矢車ってさー」

 突然出てきた、俺の名前。呆気に取られる俺とその男を交互に見て、ママはさらに慌てふためくばかり。

「俺に子供ができたと分かった途端、冷たくなってさー。『本当に俺の子供か』って言われて、堕ろした時だって、認知してくれなかったんだよー、矢車はー」

 ママの服にしがみつくようにして、男は大声で泣きわめく。

 絡み酒の上、妄想癖があるらしい。何にせよ、相当な悪酔いだ。
 ヴァンパイアは見つからなかったものの、あのバカげた噂の源が判明したのは、幸運というべきか。

「おい、お前」

 ツカツカと俺は男の傍に歩み寄った。

「おかしな中傷はやめて欲しいな」
「ふぇ?」

 男、と言ってもまだ少年のようにも見える年若い青年は、焦点の定まらない目を俺に向ける。

「誰? あんた」

 仮にもさんざん自分が悪態をついた相手を目の前にして、何をとぼけた事を。

「……今お前が話題にしている、“ヒドイ男” だ」

 呆れて俺が答えると、男はきょとんとした顔をし、すぐさま「嘘だッ!」とひぐらしモードに激変した。

「嘘じゃない。俺は矢車想。お前は、俺の事を知っているのか?」
「矢……車?」
「そう」

 シャレのつもりは、ない。

「だって、写真と違うよー。矢車はこんな顔じゃないし……」

 男がポケットからごそごそと取り出した一枚の写真を、俺も横から覗き込む。ヨレヨレになった写真には、確かに俺の姿が映っていた。
 いや、“確かに” ではなく、“多分”。

 ヒゲだの頬のクルクル渦巻きだの、小学生が教科書の偉人の写真に描き込むようなオプションがたくさん付加されていたため、元の顔は判別不能に近い。
 おそらく、ZECTの鑑識課でも、判定は困難を極める出来栄えだろう。



影山の夜 第7夜


 毎夜毎夜、一生懸命捜してるのに、矢車は見つからない。
 『ZECT』という手がかりを頼りに、タウンページを見たけど載ってない。そもそも、ZECTの職種って何。職業名が分からないと調べられないのが、タウンページの難点だ。
 104の番号案内でも、電話番号を教えてくれなかった。ZECTの所在地もつかめないし、もうお手上げ。

 明後日は、新月。ミシマさんが言うところの「タイムプレイ」リミットまで、あと二日。
 新月までに矢車を狩らなければ、今度こそ俺は処罰を受ける。

「俺は俺に罰を与える」なんて酔狂なマネはしないけど、ミシマさんが嬉々として俺を罰する有様が、嫌でも目に浮かぶ。

 コンクリート詰めになったら海の中で眠ってのんびりしよう、行楽地はどうせどこも混んでるし、と気楽に大型連休の予定を立てていた俺に、ミシマさんは「今度失敗したら、白夜の国に左遷」と言い渡した。

「白夜……? 夜が来ない、ってことですか?」
「夏季は、そうだ」

 おそるおそる尋ねる俺に、眼鏡越しの表情を変えることなく、無情に答えたミシマさん。

 夜の暗闇は、ヴァンパイアに活力をくれる大切な時間で、それを奪われるというのは拷問に近い。
 心の中で、「オニ、アクマ」と罵ってみるものの、口に出す勇気は俺にはなかった。

 ミシマさんの通告に衝撃を受け、気落ちしていつもの店に行くと、カルーア・ミルクというのがおいしそうだったもんだから。
 常連客たちに勧められるまま、それを飲んだのがいけなかったのかもしれない。

「お前、俺のことを知ってるのか?」

 店の客のひとりが、突然俺に声を掛けてきて。誰だろう、と思いながら、俺はその男の顔を見つめた。
 目が四つ、鼻が二つ、口も二つある。ほんとにこの男、人間だろうか。

「相当酔ってるな。これ、何本に見える?」

 片方の掌を広げて言う男に、少しムッとしたが、正直に答えてやる。

「10本」

 すると、呆れたように男は溜息をついた。まるで、俺がへべれけだと言わんばかりの態度が気に食わない。

 目が四つあるということは、こいつも別の種族の魔物だろう。
 ヴァンパイア以外の種族にはあまりお目にかからないけど、こんな偶然に会えるとは思わなかった。

 それにしても、自分が矢車だと主張するなんて、冗談にも程がある。ラフなジャケットとジーンズに、お洒落なペンダントまで付けた目の前の男が矢車であるはずがない。本物の矢車は、スーツを着ているのに。

「あんた、どこの種族だよ? 俺は、ヴァ……」

 問い詰めてやろうと息巻いてたら、急に脚から力が抜けてしまい、目の前が真っ暗になる。

「おい、大丈夫か!?」

 俺に呼びかける、自称・矢車の声が、遠くで響いた。

 やっぱり、闇の中は心地いい。
 どうか、白夜の国に飛ばされたりしませんように。
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