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re-birth ~ダメ、まだ言い足りない

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 幼い頃、よく父に連れてきてもらった海。
 最近は仕事が忙しい事もあり、あまり来たことはなかった。特に珍しくも美しくもなく、訪れたいとも思わなかったから。
 けれど、なぜか今日は無性に海が見たくなった。

「水質汚染は、相変わらずだな」

 少し冷たい海風に癖のない髪を煽られ、影山は果てのない水平線を見つめた。意識せず、足が波打ち際に寄っていく。

(海、か)

 別段際立った思い出などないはずなのに、なぜ海を見てこんなに胸が締め付けられるのだろう。
 苦しいような、切ないような、それでいて、愛しくて懐かしい。

「……服着て泳ぐ気、それとも死にたい?」

 いきなり、背後から声が掛けられた。

「なっ!」
「どっちにしても、もっと綺麗な海がいいんじゃないか」

 振り向いた影山に、からかい交じりの口調で言う男。
 影山よりもいくつか年上なだけだろうが、長めの前髪の間から覗く双眸には強い光が宿っている。その瞳に、影山はどこか懐かしさを覚えた。

「矢、車さん……?」

 我知らずそんな名前が口からこぼれ、気がついた時には男に抱きついていた。その直後、はっとして体を離す。

 今、自分は何を口走ったのだろう。
 どうかしている。見ず知らずの人間に、いきなり抱きつくなんて。

「何、男にナンパ? でも、なぜ俺の名前を知ってるんだ」
「俺だって知るかっ。勝手に口から出ただけだ!」

 男の茶化した言い方に、影山はむっとして言い返す。
 知らない名なのに、どうして『矢車』などという言葉が出てきたのか、影山自身も己の取った行動が不可解だった。
 当惑する影山に、男は不躾な視線を向けている。

 こんな男と関わらないほうがいい。そう思うものの、影山の意思に反して、足が動いてくれなかった。

 矢車という名らしいその男は、波が打ち寄せる足元にふと目をやる。
 砂浜には空き缶やゴミが埋もれ散乱し、黒く淀んだ海。お世辞にも美しい光景とは言いがたい。

「以前から、こんなに汚かったかな」
「……よく覚えてない」

 独り言なのか、自分に問われたのかも判断が付かないまま、矢車の呟きに影山は小さく答えた。
 “以前” とはいつの事だろう、と影山はふと眉を寄せる。

 大昔、地球に落ちた隕石のせいで海が枯れ、何年か後に、彗星によって再び海が戻ったという。
 しかし、宇宙からもたらされた海は、蒼い色ではなく、黒く汚染されていた。蒼い海の話は、歴史上の史実として残るだけで、影山には想像もつかない。

「美しい海じゃなくて残念だったが」

 海に向けていた視線を再び影山へ戻すと、矢車は優しげに笑った。

「お前に会えて良かったよ、影山」
「え? どうして俺の名前……」

 今度は、影山が聞き返す番だった。

「さあ。勝手に、口から出ただけだ」

 ふいと背けた矢車の横顔を見ながら、影山は一歩、また一歩と近づいていく。

(帰って、きたんだ)

 どうしてかは分からない。ただ、大きな喜びと安堵が全身が満たしていくのを影山は感じた。泣きたくなるような、気持ちと共に。
 男のすぐ傍らまで来たとき、自然と影山の唇は言葉を紡ぎ出していた。

「おかえり、矢車さん」

 黙ったままの矢車に、影山はなおも続ける。

「おかえり」
「何度も言うな、一度でいい」
「ダメ、まだ言い足りない」

 互いに、初対面のはずだった。
 なのに、互いがずっと昔から知っていたような感覚を抱いている。

「おかえり」

 と何度目かの言葉の後。

「……ああ、ただいま」

 矢車がぽつりと返す。

 なくした半身が補われ、影山にとっての世界が、今ようやく再生を始めた。


 END

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※映画版の50年~100年後・・・という妄想です。分かりづらくてすみません。「refraction」や別館の「海に~」とちょっとシンクロする感じで(^^;
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~ Comment ~

>熊猫GK様 

なんか書き出すと次々書きたくなるんですが、間を置くと、また書けなくなっちゃうので、勢いに任せての更新です(^^;
感想ありがとうございましたv

ギャグばかり書いてると、甘いのも書きたくなりまして・・・。
別館の連載がようやくひとつ終わって、寂しいようなホッとしたような。
策士矢車さんが好きなもので、影山とどう絡ませるか、妄想するのが楽しいです(^^)
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