赤い白夜

赤い白夜(3)

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 不意に人の気配を感じ、見上げれば、クレーターの縁を取り囲むように五人の人影が逆光に浮かび上がった。
 穴の下からでは顔は分からないが、人間の男女。各々が鉈やナイフなど凶器を手にしている。

 「一般人は、立ち入り禁止のはずだがな」

 矢車は言いざま影山の腕を引いて穴の外へと走り出す。

「兄貴、こいつら!」

 問答無用で振り下ろされた鉈をかわし、影山が叫んだ。
 襲って来た人間は、エミールに見せられた行方不明者の写真の男だ。

「女が、こんなもの振り回すな」

 包丁を持つ若い女の手首を掴み上げ、矢車は当て身を食らわせる。
 ワームの擬態か、操られているだけの人間なのか。判断できない以上、変身して戦うわけにはいかない。

「お前、工具屋か?」

 スパナで向かってくる男のみぞおちに蹴りを入れ、矢車は影山を振り返った。

「相棒、先に戻ってろ。エミールに知らせて……」

 しかし突然空気を震わせた一発の銃声とともに、矢車の言葉は途切れた。

「兄貴っ!?」

 倒れた矢車に驚き、駆け寄ろうとした影山の足は、人間たちの間を縫うように姿を見せた別の敵を前にして、止まってしまった。
 表情が強張り、全身が凍りつく。

(どうして……)

 新たに現れた者たちがワームの擬態であることは、疑いようもない。
 なぜなら、本物の二人が、今ここにいるのだから。

「人間の武器も、なかなか役に立つもんだね」
「変身しなきゃ、こいつらもただの人間だからな」
「あはは、違いないや」

 火を噴いたばかりのピストルのトリガーに指を入れ、くるくる回しながら、擬態は無邪気に笑った。
 矢車を撃ったのは、影山にとって他ならぬ『自分』だった。影山のワームの隣で、矢車の姿をしたワームが地に伏した矢車を見下ろしている。

「これ、もう死んだかな」

 影山の擬態が、矢車の顔を覗き込む。
 呻きを漏らし、体をわずかに横に向けた矢車の下には、血だまりができていた。身につけた白いタンクトップと、血の赤の凄惨なコントラストが、影山の心臓を締め付ける。

「まだ生きてるよ、こいつ」

 チェッと舌打ちして、矢車の頭を靴の底で踏みつけた。影山自身の顔と姿で。

「やめ……ろっ」

 大声で叫びたいのに、影山の喉からは掠れた呼吸のような声しか出てこない。
 目の前の光景が信じられなかった。何が起こったのか、未だ理解が追い付かない。

「ほっとけ。どうせ、そいつはもうじき死ぬさ」

 擬態の影山を諌めるのは、矢車と同じ容姿を持つもの。

「……相、棒」

 本物の矢車が、くいと首を動かす。行け、とその瞳が、強く影山に訴えていた。
 首を横に振る影山を、矢車の鋭い視線が刺す。その後の言葉は声にはならず、唇だけが「逃げろ」と伝え続ける。

 気付いた時には、影山は駆け出していた。
 ほとんど意思と関係ないところで、足だけが矢車の言葉に従った。

「片付けてくる。お前は、この男を見てろ」

 影山の背を目で追い、擬態の矢車は『相棒』に言い置いて走り出す。

「えー、俺も行くよ。こんな奴、もう虫の息じゃん」
「俺に逆らうな」

 擬態矢車は一切耳を貸さず、自分勝手に命令だけ下し、すぐに見えなくなってしまう。

「くそっ、いつもいつも」

 擬態の影山は憎々し気に愚痴をこぼした。『兄貴』はいつも横暴すぎる。いつか下剋上をと狙っているものの、『矢車』には隙がない。
 腹いせのように、『影山』は本物の矢車に冷ややかな視線を向けると、体を仰向かせ、赤く染まった胸部を戯れに殴打した。

「つっ……」
「あんた、ほんとしぶといな」

 顔を歪めた矢車を嘲笑いながら、擬態は血の付いた自らの指を赤い舌でペロッと舐める。
 ぼんやりとする意識の片隅で、同じような光景をさっきも見たな、と矢車は思った。
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~ Comment ~

>熊猫GK様 

コメントありがとうございましたv
そうですよね~。
兄貴がどうかなったら、影山どうなっちゃうんだろうと思わずにいられません。
「しっかりしろよ~、影山!」と思いつつ、ヘタレなところが愛しいんですよねv
確かに、母親の心境かもです(笑)。
悪山も結構好きなんですが、なかなか書く機会がない・・・。
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