赤い白夜

赤い白夜(4)

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 無意識に駆け出した影山は、後ろを振り返ることなく走り続けた。
 自分の呼吸音と、飛び出しそうな勢いで跳ねる心臓の音がうるさい。

(早く助けないと、兄貴が)

 撃たれた矢車の様子が頭によみがえり、影山は背筋を震わせる。
 助けが必要だと判断して、矢車は逃げろと言った。逃げて応援を呼んで来い、と。矢車が死ぬはずないと信じていても、万が一を思うと怖くて足が竦みそうだった。

(おかしいな……)

 影山は肩で息をし、周囲を見回した。
 先程から景色がまったく変わらず、堂々巡りをしている気がする。

「22時!?  まさか」

 一向に距離が縮まらない公園の時計台は、思いも寄らない時間を示していた。矢車と公園に入った時は、まだ昼過ぎだったのに。辺りは知らないうちに闇が降りている。

 空間どころか、時間までおかしい。
 ゼクターに似たガジェットは、公園中の時空間を歪めているのだろうか。

「ここからは出られない。分かってるだろ?」
「……兄、貴」

 突如現れた『矢車』を、影山は思わずそう呼んでしまう。
 そしてすぐさま、口からこぼれた呼びかけを恥じるように唇を固く引き結んだ。

「俺の弟になれ、影山」

 矢車の擬態は、かつて矢車が告げたのと同じ言葉で影山に誘いを掛ける。

「あんたの相棒は、向こうにいるだろ。俺じゃない」
「俺は別に、どちらの影山でも構わない」

 じりじり後ずさる影山に、『矢車』 はあっさり言ってのけた。
 実際、どちらでもよかったものの、どうせなら御しやすい方が好ましい。

「俺の相棒は兄貴だけだ。お前は、違う」
「あいつなら、もう死んだ」
「な……!」

 無慈悲な宣告を受け、呼吸さえも一瞬忘れて影山の体は硬直した。

 影山を仲間に引き入れるための嘘に決まっている。そう自分に言い聞かせてみるけれど、青ざめた顔は元に戻らない。
 大量の出血。もしかしたら、と考え始め、震えが生じてカタカタと歯の根が合わなくなった。

「俺が、ずっと一緒にいてやるよ。相棒」

 呆然と俯いていた影山が、ぴくりと肩を震わせる。
 本当に矢車がもういないとしたら、この先はずっと一人きり。見捨てられることが怖かった。独りになることが怖かった。いつだって、そして今も、それは変わらない。

「……分かった」

 影山は下を向いたまま、小さな声でそれだけ答えた。
『矢車』は口の端を上げ、影山の肩に腕を回す。

「なら、ニセモノの方をなんとかするか」

 擬態の言う『ニセモノ』とは、一体どちらのことか。
 唇を噛みしめ、影山は矢車の後に従った。





「ねぇ、死んだ?」

 少しも動かない矢車に、擬態影山は無表情に語り掛けた。
 瞼を閉じた矢車の顔はすっかり土気色で、体も冷たい。

 せっかく設置したガジェットは難なく見つけられ、隕石跡地に張った結界をおじゃんにされた。結界は、生き残ったワームの唯一の隠れ蓑だ。
 腹立ちまぎれに銃を撃ったはいいが、こうもあっけないと気が抜ける。
 他の擬態たちはすでに引き上げさせ、『影山』一人が、矢車の傍らに腰を下ろしていた。

「退屈だなー。射的でもやろっかな」

 撃鉄を指で引き上げ、的になりそうな立ち入り禁止の黄色のテープに銃口を向ける。
 その時、『影山』の背後から、「相棒」と声が掛けられた。

「あ、兄貴。おかえ……」

 振り向いた直後、擬態影山の額に弾痕が穿たれた。
 声を発する間もなく、倒れた自分と瓜二つの存在を、影山は直視できずに顔を背ける。

「……簡単に、殺せるんだ」
「仕方ないだろ。影山は一人でいい」

 擬態矢車は、仮にも今まで相棒だった同じワームに対し、情け容赦なく銃の引き金を引いた。その仕打ちは、ワームとはいえ、あまりに酷い。

(兄貴……)

 擬態影山の近くに横たわる矢車もまた、身動き一つしていない。
 赤く染まった二人の姿が、影山の目に鮮明に焼き付いた。
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~ Comment ~

>春巻様 

擬態は、ホントイジりがいがあるというか、面白いですよね。擬態だけで、いろいろなパターンが書けそうな(笑)。
兄弟になってからはどうしても影山イイコちゃんに書いてしまうんですが、人間てそんな簡単に変われるもんじゃないので、どこかに悪山部分は隠れてると思います。
けど、兄貴が傍にいることで、無意識にそれが抑えられてるのかも・・・と勝手な妄想を(^^;

擬態影山「お持ち帰りー♪」どうぞもらってやってください。
コメントありがとうございました(^^)

夏にはサスペンス! 

いやしかし、この「擬態」というモチーフは、こちらの凝り固まった認識をグラグラと揺さぶってくれます。で、擬態影山の言葉や振る舞いが残酷で蓮っ葉で子供じみているのがまた、いいですね。本編では痛々しいほど背伸びして大人ぶっていた分、擬態相手の本質部分をコピーするであろうワームの所業によって、図らずも彼の果たせなかった野望や欲望が露呈する、そんな気がします。
で、頭を打ち抜かれた擬態影山の死体、私が持ち帰っていいですか?
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