赤い白夜

赤い白夜(6)

 ←名護さん、素敵です →「キバ」24話
 二人の矢車が、地に倒れていた。

「兄貴……、生きてる、か」

 自分が討った矢車ではなく、擬態影山に撃たれた矢車に、影山は覚束ない足取りで近寄る。
 傍らに膝を付き、矢車の冷たい頬に触れた。体の震えが止まらないまま、今度は矢車の首筋に指を当てる。

 脈が、ない。
 矢車の鼻先と唇に手をかざし、さらに確信を強めた。

「兄貴、兄貴っ!」

 ポロポロと、知らないうちに影山の目から涙がこぼれてくる。
 泣きたくはなかった。泣けば、矢車が死んだと認めてしまうことになるから。

 一体、どうしてこんな事になったのか。
 昨日までは、この白夜の国で普通に暮らしていたのに。今朝だって、いつものように他愛ない話をし、笑い合っていたのに。

 矢車は、もう、いない。突きつけられた残酷な現実を、影山は受け入れられなかった。
 自分は、これからどうすべきなのか。何も考えられず、ただ冷たくなった矢車の近くで、膝を抱いて泣き続ける。

 どのくらい、そうしていたのだろう。泣き疲れて、影山は赤く腫れた目を上げた。
 またも溢れそうになる涙をこらえ、矢車の腕を自分の肩に回し、背負うようにして立ち上がる。魂のない体の重みは、哀しみを募らせるけれど、前に進まねばならない。

(一人でも、俺は、生きなきゃいけない)

 それが、果たすべき、矢車との約束だ。


 


 矢車の擬態が言った通り、今度は普通に公園を抜けられそうだった。
 ワームの擬態のこと、矢車のこと、公園で起きたすべてを、まずはエミールに伝える。その後のことは、なるようにしかならない。

 公園に入った時に見た、『おこりんぼう』の彫像。
 矢車にからかわれたあの瞬間が、影山にはひどく遠いものに感じられた。

 結界を解かれ、狂った空間と時間は正常に戻っている。
 時計台は、16時を少し回った時刻を示し、まだ日が高い。

(……あれ?)

 ふいに背に担いでいる矢車の体から、トクンと小さな鼓動が伝わってきた。
 ひとつ、ふたつ、と、脈動は続く。明らかに心臓の音だ。

「兄貴っ!?」

 影山は驚いてその場に矢車の体を下ろし、信じられない気持ちで目を見張った。
 冷たかった矢車の体に、体温が戻っている。上下する胸は、呼吸している証。色を失った顔色は赤みが差し、ゆっくりと瞼が持ち上がる。

「相棒……」

 聞きたかった声が、影山の耳朶に響く。

「あ、兄貴!? ほ、ほんとに?」

 泣いて泣いて、枯れ果てたと思った涙が、また溢れてきた。

「……片付いたか。褒めてやる」

 矢車の声はやや掠れていたが、口調はしっかりしている。意地悪そうに笑う顔も、以前と同じだ。

(生きて、る……)

 驚きと込み上げてくる嬉しさで、影山は瞬きも忘れ矢車を凝視した。
 黒いコートの右袖でごしごしと涙を拭った後、矢車の胸の傷に目を留め、首を傾げる。
 白いタンクトップは赤く染まっているものの、隕石跡地で見た時のようなひどい出血ではない。

「……兄貴、死んでた、よね」
「勝手に殺すな。初めから死んじゃいない」
「え?」

 矢車の意外な言葉に、影山は唖然とした。つい先程まで、矢車の心臓は確かに止まっていた。
 しかしそもそも結界の中では、時間の進み方が異常だった。時間が元に戻ったことで、死が先延ばしになったとしたら。

「手当てが早けりゃ、この程度の傷、どうってことない」

 安心させるように影山の頭に手を置き、矢車は自らの足で立ち上がる。
 撃たれた場所は肩口に近い。弾は貫通しており、これから手当てをすれば、命に関わる心配はあるまい。

「ふ……、あははは!」

 影山はほっとして声を上げて笑った。
 滲んでくる涙を誤魔化すように、矢車の腕を肩に回し、歩き出す体を支える。一人で歩ける、と突っぱねる矢車に、今回ばかりは従えない。
 諦めて相棒の肩を借りながら、矢車は影山のタンクトップの胸元を指さした。

「お前も、怪我してるんじゃないのか」
「あ、トマトソースだよ。やだな、兄貴。忘れちゃった?」

 タンクトップに付いた赤黒い跡を引っ張り、影山は楽し気に答える。
 サンドイッチを頬張って、矢車と公園を歩いたのは、ほんの数時間前だった。

 同じ赤い色でも、血の赤ではない。影山のそれは、平穏な日常の象徴。

 失いかけた日常の幸せを噛み締め、影山の顔には我知らず満面の笑みが浮かんでいた。


 END



※思いのほか長くなっちゃいましたが、どうにかエンドマークが付けられました。
果たして影山が矢車さんを背負えるか、は謎です(笑)。
お付き合い、ありがとうございましたm(__)m
関連記事



【名護さん、素敵です】へ  【「キバ」24話】へ

~ Comment ~

>熊猫GK様 

影山はやっぱり一応男なので、時々カッコよく書きたくなるんですが、あんまりカッコいいと「こんなの影山じゃないよなー」と自分の中で葛藤します(笑)。
本編の「兄貴、生きてるか」のシーンはカッコイイ影山ですよねv

別館のNOVEL2の方も、ネタも頂いたことだし(え?)、そろそろ書きたいなぁと思うこの頃です(^^;
書き込みありがとうございました。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【名護さん、素敵です】へ
  • 【「キバ」24話】へ