ナーサリー・ライム

ナーサリー・ライム(4)

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 昼間は普段通りに過ごしても、夜になると、悪夢が影山を襲った。
 うなされ跳ね起きる影山に、矢車が温かいカモミールティーを入れてやる。しばらくして落ち着いた頃、影山が夢の内容を語る。
 そんな夜が数日続いた。

 夢の舞台となるのは、毎回橋の上。何でもない夢として済ますには、その描写はあまりにリアルで具体的だった。

「女の人を二人、殺したよ。ワーム……、が」

 ワームになった自分が、と言おうとして、影山は声を小さくする。
 矢車はマグカップを影山に手渡し、ベッドの端に座って尋ねた。

「どうやって?」
「髪の長い女の人の、首を絞めた。逃げようとしたもう一人の頭を砕いて……。二人とも、川に投げ込んだ……」

 消え入りそうな声で告げてから、顔を俯かせた。
 夢の中では決まって、『ロンドン橋』を歌う女の声があった。下に川が流れる橋の真ん中で、殺戮が行われる。
 緑色のワームが通りがかった人間を無作為に殺し、どこかへ消えていく。それが己でないとは言い切れない。

 カモミールティーのカップを膝の上に持ち、影山は淡い琥珀色の液体が揺らぐのを見つめた。
 矢車はその背を叩き、静かにメロディーを口に乗せる。

「London Bridge is falling down, (ロンドン橋落ちる)
 Falling down, (落ちる) Falling down. (落ちる)
 London Bridge is falling down (ロンドン橋落ちる)」
「え、兄貴!?」

 突然歌い出した矢車に、影山は目を丸くした。

「My fair lady (マイ フェア レディ)」

 ベッドから離れ、矢車は貴婦人に対する会釈のように、胸に片手を当ててお辞儀して見せる。
 信じられないものを目にした驚きの次にやって来たのは、たまらない可笑しさ。

「ぷっ、あはははは!」

 吹き出した影山は、もはや笑いを堪えることができなかった。

「……笑い過ぎだ」

 むっとして影山の頭を小突くが、矢車自身、らしくないことをしたという自覚はある。何にせよ、影山に笑顔が戻ったならそれでいい。

(ロンドン橋の人柱、か)

 マザーグースの黒い逸話を、矢車は思い返した。

 影山の悪夢を投影するかのごとく、アーケル川での遺体発見の記事が新聞に立て続けに載った。
 犠牲者は、若い女性二人。彼女たちは橋の上で何者かに襲われ、ひとりは絞殺、ひとりは殴殺。その後、川に落とされたのだろうと報じられている。
 しかし影山はアーケル川には行っていない。犯行時刻とされる時間、ベッドの中でずっとうなされていたのだから。





 仕事を終えた矢車は、その足で市立図書館へ向かった。閉館時間にはまだ余裕がある。
 今朝家を出る時、影山はまだ寝ていたものの、テーブルの上のメモに帰りが遅くなると書き残しておいた。

「アンカーブリッジ、1874年建築……」

 オスロを流れるアーケル川に架けられた、昔ながらの橋。
 事件の起きたアンカーブリッジの歴史を紐解き、架設当時の状況を調べてみれば、予想通り、橋にまつわる無残な史実が見つかった。

 かつて、迷信や古い風習が支配していた時代、自然神に生贄を捧げる儀式が世界の至るところで行われた。
 橋の建設のために、人柱を必要としたのは、ロンドン橋だけではない。アンカーブリッジの架設時にも、水害で流されないよう、若い女性を人身御供にする慣わしがあったという。

 それでも、と矢車は訝し気に眉を寄せた。
 ロンドン橋とアンカーブリッジの接点はあるとして、それがなぜ影山の悪夢となって現れているのか。
 


※兄貴の行動が、あり得ません(苦笑)。
麗奈さんの回の「消し飛ぶ矢車」な兄貴なら、やりかねないかもですが(^^;
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