悪魔は夜歩く

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矢車の夜 第21夜


(……遅い)

 入隊早々遅刻とはいい度胸だと思いながら、俺は腕時計を確認し舌打ちする。
 ラジオ体操も、朝礼も、社訓復唱も終わったのに、影山はまだ出勤して来ない。

(まさか、ミシマが)

 昨夜ミシマが影山の部屋に舞い戻りたことを思い返し、最悪の想像が頭をよぎった。

「矢車、お前のヴァンパイアは遅刻か」
「らしいですね」

 一応影山のOJTを任されている田所さんが、所在を尋ねてきた。

『お前のヴァンパイア』ではなく、『お前が世話をしているヴァンパイア』等、きちんと言葉を補ってくれないと、あらぬ誤解を招きそうだが、今回はあえて指摘するまい。

「すまん。ラジオ体操のスタンプを全部押すと粗品がもらえる事を、昨日あいつに言い忘れてしまってな」

 田所さんの首からは、ハガキより少し小さいカードが紐でぶら下がっている。見れば、田所さんのスタンプは今月一日も欠かさず押されていた。

「……スタンプカードまで作ったんですか。俺も知りませんでしたよ、そんな事」
「何だと!? それは、すまない事をした。今日までの分は内密で押しておいてやるからな」
「いえ、別にそれはどうでもいいですが」

 ZECTの夏ダレ防止策に、始業前のラジオ体操を提案したのは田所さんだ。
 粗品贈呈も隊員の士気を高めるため、と田所さんは言う。

「粗品って、何なんです?」

 経費で落ちているのは間違いなく、よくZECTが予算を割いたものだと俺は半ば感心した。

「ジュース1本、もしくはノート1冊だ」
「……インセンティブにはなりませんね」

 いつもなら馬鹿馬鹿しいやり取りも、気を紛らわすには都合が良い。
 30分ほど遅れて、パタパタと駆け込んできた影山の姿を認め、俺はほっと息をついた。

「遅いぞ、影山!」
「す、すみませんっ」

 ひとまず安心はしたが、甘い顔を見せるわけにはいかない。上司として毅然とした態度で接する俺の横から、田所さんが口を挟む。

「ほれ、影山。今日の分はオマケだ」
「わー、いいんですか?」

 スタンプカードにハンコを押す田所さんに、影山は大喜び。

「影山、ちょっと来てくれ」

 粗品の話を田所さんが語り出す前にと、俺は急いで部下を手招きした。
 二本100円のオレンジジュースと三冊100円の大学ノートを手にした田所さんは、話が終わるまで待つ気満々のモードに入っている。あれが景品だとしたら、文字通り粗品すぎる。

 俺は田所さんを視界と思考から遠ざけ、小声で聞いた。

「影山、昨夜俺が帰った後、変わったことはなかったか」
「え? いえ、何も」

 影山は不思議そうな顔で首を横に振った。

「カラスがゴミを散らかしたぐらいですよ。ゴミの片付けしてたせいで、遅刻しました」

 すみませんでした、ともう一度ペコリと頭を下げる。
 その様子を見るに、『カラス』を比喩として言っているわけではないらしい。

「どうして、カラスだと思った?」
「よく分からないけど、マンションの隣の男がそう言ってました」
「……隣、ね」

 素直に話す影山の話に耳を傾け、俺は記憶に残るいけ好かない男の顔を思い浮かべていた。
 確か、影山の隣の部屋の住人は、『あの男』ではなく、『あの男』の妹。妹と別々に暮らし、マンションを訪れることはめったになかったはずなのだが。

(あいつが絡むと、面倒だな)

 ラジオ体操の粗品に目をやりつつ、ここにはいない人物を思って俺は深く息を吐き出した。
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