悪魔は夜歩く

悪魔は夜歩く(16)

 ←来年に向けて →ヤバすぎるキャラソン
影山の夜 第22夜


 ZECTは皆いい人たちではあるものの、俺の事は腫れ物を扱うみたいで、なんとなくよそよそしい。
 その中で、兄貴や田所さんや加賀美は、親身になっていろいろ教えてくれた。

 実際、田所さんがいかに優秀かは、近くにいる者でないときっと分からない。
 昼食時の社食の恐ろしいほどの混雑の中、空いている席を見つける的確な状況判断と、素早く席を取る早業は、ZECT内で田所さんが一番だ。

 人間としての生活は忙しく、追われるように毎日が過ぎていく。
 あの日以来、ミシマさんは何も言ってこないけど、俺はこのままでいいんだろうか。

「疲れたか?」

 助手席で黙ったきりの俺を、兄貴が気遣う。もちろん、安全運転でよそ見はしない。
 時間が合う日は、ZECTからマンションまで、たいてい兄貴が車で送ってくれていた。

「ちょっとね」

 兄貴には隠しても仕方ない。ぼんやりと考えながら、俺は車の窓から夜の闇に浮かぶ月を眺めた。
 すると突然、兄貴はハンドルをきり、車の方向を変えた。

「ど、どうしたのさっ」
「気分転換が必要だろ」

 どこへ行くのかと目を白黒させていると、着いたところは、あの懐かしい場所。兄貴と出会った、おかまバーだ。

「アラァ、瞬ちゃん! 久しぶりネ、元気だった?」
「ママこそ!」

 バーのママ、ジュネさん(注:本名「サブ」)の温かい胸に、俺はガバッと飛び込んだ。子供をあやす母親みたいに、ジュネさんは俺の頭を撫でてくれる。
 胸がパットだろうが、抱き締めてくれる腕がゴツかろうが、この人の傍は安心できる。

 子供っぽいと呆れているのか、隣のカウンター席に着いた兄貴が微妙な表情を浮かべていた。
 ようやく体を離した俺に、ジュネさんはにこりと笑みを浮かべる。

「実はネ、瞬ちゃんに、紹介したい人がいるの。ママの、お得意さま」
「もしかして、コイビト?」

 なんとなく頬を染めるジュネさんに、そんな風に尋ねた時、絶対零度の低い声が背後から響いた。

「笑えない冗談はそこまでにしろ、カゲヤマ」

 俺はぎくりと振り返り、さながらマダム・タッソーの恐怖ロウ人形のように硬直した。
 信じられない気持ちがいっぱいで、言葉も出ない。いつものように黒いスーツを着て、黒い翼は隠した、俺の元上司。マンションのみならず、行きつけの店で待ち伏せなんて、ストーカーそのもの。

「そろそろ来る頃だと思っていたぞ」

 眼鏡を指で押し上げ、ミシマさんは無表情に俺に語り掛けた。



矢車の夜 第23夜


 バーのママには、俺の正体を影山に知らせないよう、口封じ、ではなく、口止めをしておいた。
 万一口を滑らせたら、この店は立ち退き撤収。ZECTの権力を振りかざし、「この店を、つぶしたくないでしょ?」と、地上げ屋まがいの脅しをかけた。

 最近のヒーローは、ダークでも許される。
「正義のためにはすべてを犠牲にしてもいい」と歌う奴もいるくらいだ。

 念押しのため、影山をダシにしてバーに足を運んだところ、思わぬ男に出くわした。
 バーのママが紹介した男は、紛れもなく、あのヴァンパイア。お得意様かパトロンか知らないが、とりあえずいろいろな意味で悪趣味としか言えない。
 影山も驚いたらしく、ポカンと元上司の顔を見つめている。

「驚いたワ。瞬ちゃんて、三島ちゃんの部下だったのネ」

 ウフフと微笑しながら腕にすがろうとするママを、ミシマは絶妙のタイミングでかわし、俺に視線を向けた。

「きみは、どなたかな」

 白々しい台詞。俺が誰かなんて、この男が一番知っているはずなのに、なぜか素知らぬ振りをする。

「俺は、影山の上司です」

 ミシマの意図が読めず、こちらも初対面の体裁を繕う。

「私は、三島正人という。きみは?」
「俺は……」

 わざわざフルネームを名乗る辺り、狡猾さが透けて見える。ここで俺が下の名前だけ告げれば、社会人として激しく不自然。
 おかげで、こちらも名字を言わざるを得なくなり、影山はといえば、ワクワクと期待に満ちた眼差しで俺を見つめている。

「……岬ジロー、だ」

 同じマンションに住む隣人の女性の名字を、俺は仕方なく拝借した。

「ミサキジロー、か。うん、兄貴にぴったりのいい名前だね」
「……お前、本気でそう思うのか」

 何度も声に出して反芻する影山に、やめてくれと言いたい気持ちを辛うじて堪える。
 有名な某サッカーマンガの登場人物と一字違いになったのは、ただの偶然だろう。

「よろしく。岬ジローくん」
「岬、でいいですよ」
「きみとは初めて会った気がしないな、岬ジローくん」

 俺が嫌がっているのを承知で、何度も連呼するミシマは、天性のS気質に違いない。
関連記事



【来年に向けて】へ  【ヤバすぎるキャラソン】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【来年に向けて】へ
  • 【ヤバすぎるキャラソン】へ