悪魔は夜歩く

悪魔は夜歩く(19)

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影山の夜 第26夜


 どうにも酔っ払ってるとしか思えない兄貴の運転で、奇跡的にも無事俺のマンションへ辿り着けた。
 部屋で少し休んでいくように勧めたものの、兄貴はそのまま帰ると言う。

「じゃあな。明日は遅刻するなよ、影……」
「え、兄貴っ!?」

 ドアを開け、車に乗り込みかけたところで、いきなり兄貴の体がくず折れた。俺は慌てて兄貴を支え、必死に呼び掛けてみるけど反応はない。
 眠ってしまったのか、気を失ったのか。ともあれ目を閉じた兄貴の規則正しい心臓の音に、少しだけほっとする。

(どうしよう……)

 俺ひとりじゃ、兄貴を運ぶことも、支え続けることも無理。
 手を貸してくれる人はいないかと辺りを見回してみても、車を停めた脇道は、昼間でもマンションの住人くらいしか通らない。

 途方に暮れていると、前方から大きな排気音を轟かせ、オートバイが走り込んできた。
 夜遅くに近所迷惑だろ、と文句をつけるより、今は手助けを求める方が先だ。オートバイは兄貴の車の前で停まり、照らしていたライトを消した。

 見覚えのある赤い車体に、俺は首をひねる。これって、ついさっき兄貴がムキになって勝負を挑んだオートバイじゃないだろうか。

「そっちも、うまく撒いたか」

 赤いバイクの主は、ヘルメットを取ってこちらへ歩いてくる。

「お前は!」

 そこでズバッと名前を言えたらよかったのに、あいにくその先が出てこない。

「天道総司だ。お前の隣人の、日下部ひよりの兄」
「そうそう、それそれ!」

 つい、誰かみたいな相槌を打つ。
 思い起こせば、ゴミ集めを俺に手伝わせ、この間の遅刻の元凶を作った男。隣の人の表札は『日下部』で、兄の名字が『天道』なのは、おそらく複雑な家庭の事情というやつだ。
 その辺りのことは、きっと突っ込んじゃいけない。

「別に、俺、日陰の子とか近親相姦とか、そういうの全然気にしないから!」
「何の話か分からないが。それより、そいつ、どうしたんだ」

 天道が、俺の腕にもたれてぐったりしている兄貴に視線を向けた。正確には、俺の腕からずり落ちかけている兄貴に。

「酔いが回ったみたいで、いきなり倒れちゃってさ」
「酒を飲んでたのか。どうりで、いつもと違うと思った」

 兄貴を運ぶのを手伝って欲しいという俺の訴えは、口に出さずとも伝わったらしい。
 天道は兄貴の腕を自分の肩に回し、背におぶった。

「兄貴のこと、知ってるの?」
「まあな」

 細身のくせに、天道は軽々と兄貴を背負ってマンションの通路を歩いていく。
 俺の部屋の鍵を開け、布団を敷いて兄貴を寝かせるところまで、天道が手伝ってくれた。

「ありがと。よかったら、水道水でも飲んで行きなよ」

 こういう時は、お茶とか出すのが礼儀だとしても、俺の家には用意がない。水もお茶も、飲み物に変わりはないだろう。
 けれど、天道は「もう帰るからいい」と言い置いて、去り際に布団に横たわる兄貴を見下ろした。

「何か変なものでも、食ったか飲んだかしたんじゃないか、この男」
「え、別に、拾い食いなんかしてなかったよ」

 尋ねられ、俺は首を横に振った。田所さんのおみやげの伊勢名物赤福餅さえ、兄貴はいらないと言って俺にくれたし。

「酒は? どこで飲んだんだ」
「知り合いのバー。兄貴は、エロでボロのカクテルを飲んでた」
「エロでボロ?」

 ミシマさんが差し出した酒を、兄貴がそんな風に言っていた。
 でも、天道が眉を寄せたところを見ると、微妙に俺の記憶は間違っていたようだ。

「ミシマさんに、真っ赤なカクテルを勧められて。俺の代わりに、兄貴が飲んでくれたんだ」
「ミシマ……か、なるほど」

 訳知り顔で、天道が呟く。ミシマさんのことも知っている様子に俺は驚いてしまう。
 ああ見えてミシマさんは、案外人間社会に顔が広いのかもしれない。
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