悪魔は夜歩く

悪魔は夜歩く(21)

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影山の夜 第28夜


 どんなに疲れ果てても、ライフエナジーを飲めば、そこらの栄養ドリンクなんて目じゃないくらいに回復する。
 俺は、人間は襲わないと兄貴と約束した。それでも、日々田所さんの特訓を受ける中、ヴァンパイアの体はライフエナジーを欲し始めていた。

「よしっ、次はうさぎ跳び10往復だ!」

 ZECTの裏庭で「オーエス」だの「ファイト」だの言いつつランニングした後に、田所さんの号令が掛かる。まさに、昭和体育会系。
 いい加減バテた俺を助けてくれたのは、いつものごとく兄貴だった。

「うさぎ跳びは、脚を痛めるだけです。PTAや保護者から苦情が来ますよ」
「何っ、PTAだと!?」

 PTAと聞いて、さっと田所さんの顔色が変わる。さすがにモンスターペアレンツは怖いらしい。

「少し、影山をお借りします。ミーティングをしたいので」

 丁重に申し出る兄貴は、元気がなく体調が悪そうに見えた。田所さんも兄貴の変調に気付き、汗をタオルで拭きながら尋ねる。

「どうした、矢……いやジロー。どこか悪いのか?」
「ええ。顔以外は、色々と」

 その瞬間、場の温度がいっきに10℃くらい下がった気がした。
 兄貴って、こんなこと言うキャラだったかな、と俺はなんとなく違和感。

「まさか、みやげの赤福餅にあたったのか? あれは製造日が……」
「そういうデリケートな社会問題を発言する時は、せめて伏字にしてください。ちなみに、影山にやったので、俺は食べてません」
「そうなのか!? で、影山、お前はなんともなかったか?」
「あ、はい。とっても、おいしかったです」

 気遣ってくれる田所さんに、俺は笑顔を返した。

「そうか。実は一年前買ったんだが、冷凍庫に入れたまま忘れててな」

 悪びれる様子もなく、さらりと告げられたものの、俺は別に構わない。食べられたし、おいしかったのは、本当だから。
 それより今問題なのは、兄貴の体調不良だ。青白い顔で覇気の感じられない兄貴は、やっぱり悪いところがあるんだと思う。
 確かに、顔以外で。



矢車の夜 第29夜


 影山を呼びに来た俺に、田所さんは怪訝そうな目を向けた。
 この人は割と鋭いので、あるいは異変に気付いたのかもしれない。

「矢……ジロー。医務室に行った方がいいぞ。念のため、HIV検査してもらえ」

 おそらく「血液検査をしろ」と言いたいのだろう、と無理矢理好意的に解釈した上で、俺はひとつだけ訂正を入れた。

「その、ヤ・ジローというのは、やめてもらえませんか」

 なんとなく、『ヤジロベエ』を連想してしまって虚しい。

「定冠詞みたいなものだ、気にするな」
「“The” は、人名には付けません」

 適当すぎる田所さんの説明に、俺は眩暈がひどくなった。これ以上、無駄話に時間を費やしたくはない。
 話を振られても完全無視を決め込み、影山の腕を引っ張るようにして歩き出す。

「兄貴、ここ」
「……いい。平気だ」

 医務室のドアを指差し、影山が俺の袖を引いた。
 影山にまで指摘されるようでは、俺の状態は傍から見て相当酷いのだろう。

 急にハイになったと思えば、今度は発熱時のような体のだるさで、無性に喉が渇く。
 異常な症状の原因は、ライフエナジーのサプリ入りカクテルを飲んだゆえだ。

 俺がこんな状態では他人の力を借りるしかなく、現在のZECTで、頼りになりそうなのは加賀美のみ。加賀美とも親しい『この男』をZECTに呼び戻したのは、苦渋の選択だった。

 苦々しい気持ちで会議室のドアを開け、俺は中で待っている人物と影山を引き合わせた。

「影山、お前も知っているだろう。天道総司だ」

 来客用のソファにゆったりと腰を下ろし、何様かと問い詰めたくなるほど、偉そうにくつろぐ男。
 テーブルの上には、ミシュランの三つ星レストランからオーダーしたと思われるカフェ・オ・レが置かれている。なんて、経費の無駄遣いを。

「彼は、以前ZECTに籍を置いていた優秀なハンターで、今回復職の運びとなり……」
「無理をするな。顔がひきつってるぞ」

 私情を抑え、極力客観的に紹介しようとする俺の努力を、天道はあっさり無にする。
 いけ好かないこの男を一睨みしてから、俺は影山を振り返った。

「天道の紹介は、ついでだ。田所さんにはミーティングと言ってあるから、しばらくどこかで休憩してろ」
「でも……」
「いいから。また後でな」

 影山は詳しく聞きたいという顔をしているが、今は無理だ。もっともらしい言葉で退出を促し、ドアが閉まった後、俺は壁に寄りかかって深く息をついた。

「優しくなったもんだ」
「……言ってろ」

 もはや天道の皮肉に言い返すこともできない。
 滲んできた脂汗、乱れる心拍数。ぼうっとする頭で、会議室の天井を見上げた。
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