悪魔は夜歩く

悪魔は夜歩く(22)

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影山の夜 第30夜


 ZECTの会議室で天道を紹介された後、まるで俺がいたらマズイみたいに部屋から追い出された。
 二人の雰囲気が気になったもんだから、いけないと知りつつ、俺はドアの外から聞き耳を立てる。一応魔物の端くれなので、耳を押し当てれば、防音の室内でも声はバッチリ。

「キツイか?」
「……ッ」

 労わるような天道の声と、兄貴の苦しげな吐息が漏れ聞こえる。
 これは、一体何なんだろう。

「痛みは覚悟しておけ。俺も、そうだったからな」
「ミシマに……、やられたのか」
「そうだ」

 ドアにヤモリのごとく張り付いたまま、中の音を拾ってみるものの、どうういうシチュエーションなのか、皆目見当が付かない。
 やがて、ひときわ大きなくぐもった兄貴の呻きがしたと思うと、荒い呼吸音だけが後に続いた。しばらくどちらも無言で、沈黙を破ったのは兄貴の方。

「俺の体は、どうなる……?」

 いつになく弱々しい兄貴の声音に、胸が痛む。

「選択肢は二つだ。快楽に身を委ねるか、それとも自我を保つか」

 兄貴に道を示すのは、天道だった。

「……自我を保つ、ね。簡単に言ってくれる」
「簡単とは言ってない」

 交わされるやり取りを聞きながら、俺は意味が分からないなりに漠然と考える。
 楽な方と辛い方、どちらか選ぶとしたら、俺なら、楽な方を選びたい。兄貴は、どちらを選ぶんだろう。

「ライフエナジーの禁断症状を克服するには、それなりの覚悟がいる。決めるのは、矢車、お前自身だ」

 唐突に、天道によって会話の状況が明らかになった。
 なるほど、禁断症状で苦しんでたのか、と納得する傍ら、俺の心に新たな衝撃が走る。

 今、天道は、兄貴を何と呼んだ――?



矢車の夜 第31夜


 かつて、第一級のヴァンパイアハンターだった天道。
 上層部と揉めてZECTを辞したということになっているが、真の理由は、今の俺と同様、ライフエナジーを飲まされた為だ。

 ライフエナジーを摂取した人間は、想像を絶する禁断症状に襲われる。
 血が沸騰するのではないかと疑う程、体の内が熱くなった挙句、全身を激痛が貫く。禁断症状から逃れるべく、ライフエナジーを再び口にすれば、二度と人間には戻れない。

 ミシマのような上級の魔物は、まれに仲間を増やす手段としてライフエナジーを使う。
 もっとも、ヴァンパイアにとって貴重な栄養源を、誰彼構わずばら撒いたりはしない。ライフエナジーを与えられる人間は、言わば『選ばれし者』。

「俺には、守るべき妹がいる。ヴァンパイアになるわけにはいかなかったんでな」

 天道は毅然とした態度で告げる。それが、天道が取った選択肢。この男は命を賭して禁断症状を克服した。

(守るべき人、か)

 ようやく痛みが引いた俺は、ネクタイを緩めて息を吐き出す。
 俺に、人間でいなければならない理由などあるのだろうか。

 考えに耽っていると、バァァァンッ!と、少年マンガ風書き文字を添えたいような勢いで、大きくドアが開かれた。
 ドアの向こうで、休憩室に行ったはずの影山が仁王立ちをしていた。

「……兄貴。兄貴が、矢車だったんだ」
「え」

 怒り半分哀しみ半分の顔で、きっちり断定されてしまい、俺は声が出せない。
 天道との会話を、聞かれていたらしい。

「全部ウソだったの? ワーウルフだって言って、俺を騙して……」

 俺の顔をまっすぐ見つめてくる影山に、誤魔化すことはおろか、視線を逸らすことさえできなかった。

「早合点するな。この男が矢車だというだけの話だ」

 俺に代わり、天道が何食わぬ顔でしらを切る。

「矢車が、ライフエナジーの禁断症状に苦しんでいる。それが、事実だ」

 天道の言葉は嘘ではない。しかし説明にもなっていないというのに、この男には有無を言わせない妙な説得力がある。
「分かった。疑ってごめん」と頭を垂れる影山が、何気に哀れだ。

「あ、兄貴。その手は?」

 ふと影山が、俺の左手を伝う赤い液体を見咎めた。俺の掌を開き、手の中で握りつぶされた棘付きの一輪の薔薇に、目を眇める。

「なんで、こんなこと……」
「禁断症状を、紛らわせたかった」

 花瓶に飾られた薔薇を一本頂いて。他の痛みを与えることで意識をそらす、よくある方法だ。

「薔薇って、高いんじゃない?」
「……そっちの心配か」
「とにかく、手当てしなきゃ」

 俺を医務室へ引っ張っていこうとする影山の背に、天道が声を掛ける。

「矢車を、しっかり看てやれ」

『魔物に変わってしまわないように』

 続くその台詞は、天道の胸の内だけで呟かれ、影山の耳に届くはずもなかった。



※スミマセン・・・今回言い訳は致しません(--;
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