トライアングルハーフ

トライアングルハーフ(12)

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 危惧していた通り、ZECT内部で、瞬がワームではないか、という噂が広まった。
 情報をもたらしたのは、ネオゼクト。瞬の正体を知った織田が講じる策など、そんなところだ。

 もちろん、ZECT総帥はその事実をもみ消したが、噂なんてものは、あっという間に蔓延する。

「矢車。影山の件だが、お前は、どう見る?」
「デマだと思います。『天空の梯子計画』を間近に控え、こちらの内部分裂を狙っているのではないかと」

 そろそろ来る頃だろうと思っていた大和さんからの追及に、俺は臆すことなく答えた。

「修羅から、何か連絡は?」
「あれ以来、コンタクトは取れていません」
「あの女、ネオゼクトに寝返るつもりか!」

 苛立たしげに舌打ちする大和さんに、さぁ、と俺は首をかしげて見せる。
 修羅は、俺が身近にワームを置いていることに対して、不審を抱いたのかもしれない。だが、ZECT側に付くことが、修羅にとって一番得策なはず。
 おそらく今は、戸惑っているだけ。彼女の野心を抑える歯止めにはなるまい。

 大和さんが立ち去ったちょうどその時、マナーモードにしてある携帯が、内ポケットから振動を伝えてきた。しかし、コールはすぐに切れた。

(それでこそ、利用しがいがある)

 着信記録を確認し、俺はくすりと笑った。





「……あ、おかえり。矢車さん」
「腕、見せてみろ」

 帰りがけに買ってきた夕食の材料をとりあえずキッチンの床に置き、俺は青い顔で部屋の隅にうずくまる瞬の右腕を引き上げた。
 その腕は、もはや人間のものではなく。指の先端から肘までが、ゴツゴツと固い殻で覆われていた。

(朝より、進んでる……)

 現在のZECTの状態を考えれば、瞬を出勤させるわけにはいかず、ここ1週間自宅待機を命じてある。その矢先のことだった。
 体に現れた兆しとともに、瞬は高熱に苦しみ出した。自分の意志とは無関係に、変化が始まっているらしい。

「彗星の接近に影響を受けたのかもな」
「すい……せい?」
「お前の仲間たちが潜んでいる、隠れ蓑さ」

 熱に浮かされる瞬は、初めて明かされた真実を聞いて不思議そうな目を向ける。

「ワームを呼び寄せるの? なんで……」
「不満?」

 不満なわけないだろうと確信しつつ、わざと俺は問う。

「『天空の梯子計画』がうまくいけば、お前は自由になれる」

 人間という檻から解き放たれ、あるべき本来の姿へ。なのに、なぜ瞬が体調不良に陥るのか不可解だ。

「……ワームは、人間を支配するよ」
「そうだな」

 分かりきったことを言う瞬に、生返事をしながら。ネクタイを緩め、俺は食材のチェックを始めた。瞬の熱が下がらないし、今夜は、鶏雑炊くらいが良いかもしれない。

「ワームは、人間を皆殺しにするかもしれないよ」
「そうだな」

 冷凍庫の鶏肉をレンジで解凍する俺の背後から、瞬の言葉は続く。

「矢車さんも、死ぬかな」
「……さっきから、何だ。計画に反対なのか」

 茶番に付き合ってやれるほど、俺にとって暇な時間帯ではないのだが。今度は少々怒りを込めた低い声で、先程と同じ主旨のことを尋ねると。

「反対、じゃない……けど」

 小さく呟いた瞬の鼻先を指差し、「なら、いいだろ」と言い放つ。けれど、瞬は引かない。

「……だ」
「え?」

 ぎゅっと口を引き結んでから搾り出した瞬の言葉に、どう返したらいいものか。
 人間なんて、まったくもって身勝手で。俺もそのひとりだと、痛感せざるを得なかった。

 俺が自分に課したミッションにおいて、俺自身の生死は問題にならない。瞬に迷って欲しくはない。新世界に生きるために、人間への情けなど無用だ。今も、そう思っているはずなのに。

「俺、矢車さんが死ぬのは……イヤだよ」

 矛盾した思いだった。自分の身を案じてくれる誰かの存在が、こんなにも嬉しいなんて。
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