トライアングルハーフ

トライアングルハーフ(13)

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 瞬が俺の前から姿を消したのは、『天空の梯子計画』を三日後に控えた、雨の日の午後。
 発熱も腕の変異も治まったものの、瞬は既に人でないものに変わっていたのだと思う。

 マンションに戻った俺は、瞬が書き残した一枚の紙片を見て、溜息をついた。

『さよなら』

 まるで、よくある陳腐なラブストーリー。

「字は、上達しなかったな……」

 子供が書きなぐったような文字の羅列に、見当違いの感想を呟く。
 瞬が出て行ったのだという事実は、理解した。その理由も兆候も、すべて分かっていたことだ。

(こんなに広い部屋だったか)

 生活に不便はないが、殺風景で少しも温かみがない空間だと、俺は改めて実感する。一人でいた頃は、そんな風に考えたことはなかったのに。

 きちんと片付いた室内で、ベッドの上に無造作に放ったままの本が、俺の目を引いた。
 それは、瞬が初めて欲しいとねだった本だった。

(……竹取物語)

 図書館で借りた絵本ではなく、大人向けに編集されたその本を、昼間俺がいない時、瞬はよく読んでいたようだ。
 ワームに変わる自分を意識しながら、瞬は何を思ったのだろう。確かめる術は、もうない。

「『かぐや姫は、月に戻っていきました』」

 本を拾い上げ、棚に戻しながら、物語のラストを詠唱してみる。

「『仲間のもとに戻ることが、彼女にとっては一番幸せなのですから』」

 最後の一文は、本にはない、俺独自の解釈。
 降り止まない雨と、持ち出した形跡のない傘を確認し、俺はただ緩慢な動きで、外を眺めるしかできなかった。





「矢車。どうした、ぼんやりして」
「え? いえ」

 ふいに大和さんに声を掛けられ、弾かれたように顔を上げる。
 数時間後に迫った『天空の梯子計画』実行前の大事なミーティングで、他事に気を取られている余裕など、あろうはずもない。

(まずった……)

 いつも完璧に感情を隠す俺が、無意識に態度に表してしまっていたらしい。

「織田は手強いぞ。本当に、お前だけで大丈夫なのか」

 大和さんは俺の様子を、作戦に対する不安、と受け取ったようだ。
 修羅の情報によれば、『天空の梯子計画』を乗っ取るべく、本日ネオゼクトがZECTに奇襲をかけてくる。ドレイクは、修羅の率いるトルーパーたちが、そしてヘラクスは、俺が阻止する手筈になっていた。

 新たにネオゼクトに加わったカブトというライダーは、戦闘力が未知数だ。最後の砦として、カブトには黒崎を当てる。大和さんと加賀美の役割は、シャトルを守る要。

「問題ありません。それに、この間の借りを返したいので」

 瞬を連れさられた時、ヘラクスに負わされた傷。傷口はまだ完全には塞がらず、時折疼く。
 俺自身、織田と決着を付けたい私情もあるが、織田の対抗馬に、奴と親しかった大和さんを置くのでは、不安定要素が大きい。俺がヘラクスの相手をする方が合理的だ。

「そうか。キツい戦いだが、生き残れよ」
「大和さんも」

 Good luck、と互いの手を打ち合わせ、それぞれの配置へ向かう。

(生き残れ、ね)

 肩越しに振り返り、何も知らない大和さんの背に、俺は皮肉っぽく笑いをもらした。

(少なくとも、ネオゼクトに殺られるわけにはいかないな)

 ネオゼクトとの戦いが終結しても、ワームという存在がいる。俺たちが生き残る確率が、どの程度あるのか。
 ネオゼクトさえ片付けば、修羅はもう用済み。おそらく三島さんが手を下すのだろうが、彼女を助ける義理はない。

 瞬は、自分の世界へ帰った。
 今の俺には、何も足枷はなく。そして守るものも、何もない。
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