白夜の果てより愛してる

白夜の果てより愛してる(8)

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 ボーヒネン・ラボに到着したのは、ちょうど夕食の時間帯。
 カフェテリアで、サーモンソテーとライ麦パンのオープンサンドをがっつく相棒は、よほど腹が減っていたと見える。
 空になった皿がテーブルに次々積み上げられていく様は、まるでわんこそば早食い選手権。

 いや、そばの話はもういい。
 田所さんをスタッフに押し付け、ようやく厄介払いできたところなのだから。

 勤務を終えた職員たちで、カフェテリアは満席に近い。後ろに座る白衣姿の二人の会話が、聞くともなしに耳に入ってきた。

「ついに、オスロにも来たか。思ったより早いな」
「ああ。これが致死性の伝染病だったらと思うと、ぞっとする」

 どうやら、ワームウイルスの感染者が初めてオスロで確認されたらしい。トロムソを皮切りに、破竹の勢いで感染が広まっているという。
 俺は背後に注意を向け、医師たちの話に耳をそばだてた。

「兄貴って、白衣萌えだったんだ」

 いきなり相棒が不審者を見るような眼差しを向け、不可解なことを言い出した。一瞬思考が止まったものの、後ろのテーブルにいる二人は、そこそこ容姿のいい若い男。
 とりわけ俺と背中合わせで座っている方は、白衣に眼鏡といういわゆる萌え要素を装備している。

「少し気になるだけだ」

 いつもながら相棒の履き違いには溜息しか出てこない。
 そうこうしている間に、白衣のイケメン男たちは椅子から立ち上がった。俺も後を追おうと、テーブルを立つ。

「あの人に、声掛けるわけ?」
「まあな」

 おそらく相棒はおかしな誤解をしているのだろうが、いい加減面倒なので、そのまま放置しておく。

「――だってさ。聞いた? 田所さん」
「うむ。矢車も、意外な趣味を持ってるな」

 相棒が目の前の俺ではなく、背後のテーブルの誰かと背中合わせで話す。
 そのドスの利いた声に、俺は驚いて固まった。

 うかつにも自分の後方にばかり気を取られ、相棒の背後、つまり俺から見れば前のテーブルについた人物が誰か、など考えもしなかった。
 というより、意識的に忘れ去ろうとしていたのかもしれない。

「田所さん……、早かったですね」

 俺は項垂れ、力ない声で呟く。
 いつの間にか荷物をドミトリーの個室に置いてきたようで、その人は俺とは反対に晴れやかな顔でどっしり椅子に腰かけていた。既にテーブルの上の皿が空になっている早業に、呆れながらも感心してしまう。

「では、行くぞ。矢車! 白衣眼鏡にアタックだ」
「田所さん、待ってください!」

 この人に首を突っ込まれたら、ろくなことにならない。だが、止めかけた俺の手を速攻でかわし、田所さんはカフェを出て行こうとする医師たちに声を掛けた。

「矢車! OKだそうだ。今度の日曜、13時に時計台の前で待ち合わせでいいな」
「は?」

 田所さんが唐突に振り向き、俺に目配せする。
 呆気に取られていると、白衣眼鏡の男が俺を見て薄く笑った。

「矢車、こちらはクリスティン・ハンセン。ウイルス対策班の組長だ。クリス、こっちは矢車想だ。不束者だが、よろしく頼む」

 どうして田所さんがこの場を仕切っているのか、不束者とは俺の事か、等ツッコミどころがありすぎて、反応に困った。
 おまけに、インカムを付けた田所さんにはそう聞こえたにしても、「組長」はひどい。最先端の自動翻訳機は、時に『Go●gle翻訳』並みに使えない翻訳をする。

 それでも手を差し出すノルウェー人医師と、俺は儀礼的に握手を交わした。

「で、日曜の13時って、何のことさ」

 俺の背後から、相棒が露骨に不機嫌な顔を覗かせた。
 確かに、わざわざ日時指定をする必要はない。

「ワームウイルスの、オスロでの感染者の症状と予防策を教えてもらいたい。できれば、今からでも」

 クリスという男に、俺は翻訳機を使わずノルウェー語で話し掛けた。

「2009年に、正式に法律が施行されたのを知っているか」
「は?」

 脈絡のない台詞に意味を測りかね、先程と同様、俺の口から出るのは、またも疑問符のみ。

「ワームウイルスの情報については、また日曜に」

 呆然とする俺の手に名刺を握らせた後、クリスは長い白衣の裾をはためかせ連れの男と歩き去って行った。
 男のどこか不遜な口調が誰かと同じで、どうにも気に入らない。

「兄貴、法律って何さ」
「ググれ」

 相棒に聞かれても、俺にはもう答えてやる気力が残っていなかった。

 2009年、世界でも革新的な婚姻法がノルウェーで施行された。しかしそれと今回の件は、一切合切まったく関係ない。

「……田所さん、あの男に何を言ったんです?」

 きっちりさせるべく、元凶であろう田所さんに俺は向き直った。

「お前が話をしたがってるということを伝えたまでだ。そしたら、じゃあ今度の日曜に、という話になってだな」
「当人抜きで、勝手に決めないでください」

 悪びれる様子もない田所さんに、ますます脱力する。

「そうだよ、田所さん。俺たち、日曜は害虫駆除の仕事が入ってるんだからね!」

 相棒が口を尖らせるけれど、どいつもこいつも、頼むから勝手に人のスケジュールを決めてくれるな。
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