スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←始まりのアリス(1) →始まりのアリス(3)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



【始まりのアリス(1)】へ  【始まりのアリス(3)】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

始まりのアリス

始まりのアリス(2)

 ←始まりのアリス(1) →始まりのアリス(3)
 家に帰ってもできることはなく、影山はレトルトの夕食を済ませると、ぽすんとベッドに沈みこんだ。
 一人暮らしは楽な反面、時に心細い。

(大丈夫だ、兄貴がいる)

 不安に飲み込まれそうな自分にそう言い聞かせ、腕で顔を覆い目を閉じた。昼間あれほど眠ったのに、ベッドに入った途端睡魔が襲ってくる。

 間もなく、教室で見た時と同じ奇妙な光景が、眠る影山の頭の中に広がった。前回よりもはるかに鮮明で、草の匂いが香る草原の中に影山は立っていた。そして目の前を駆けて行く白ウサギ。

(なんか、えらくリアル……)

 掌を開いたり閉じたりしてみれば、現実と同じように動かせる。よし、と拳を握り、影山は白ウサギを追って走り出した。
 このおかしな夢を見てから音が聞こえなくなった。もしかしたら、ウサギが何か関わっているのかもしれない。

「こら、待て、ウサギ!」

 二本足で走るウサギと人間。どちらが早いかは、比べるまでもない。
 あっさり追い付いた影山は、白ウサギが着ているチョッキの襟首を後ろからひっつかまえて持ち上げた。

「……って! 蹴るなよ。話聞きたいだけなんだから」

 ネコパンチならぬウサギキックを顔面に食らいながらも、捕まえたまま話しかける。

「俺の耳、治してくれよ。音が聞こえなくなって困ってるんだ」
「Oh my ears and whiskers, how late it’s getting! (ああ、もう。遅れてしまう)」
「ears……? そう、耳だよ!」

 ウサギの声は聞こえても、あいにく英語の意味が分からない。
 それでもなんとか聞き取れた単語を繰り返し、耳を示して見せる。すると白ウサギはぴょこんと耳を立て、チョッキの内ポケットから小さなビンを取り出した。

 ビンには、『DRINK ME(私を飲んで)』と書かれた紙のラベルがぶらさがっている。
 これをやるから放せ、とばかりに、ウサギのウサギキックが威力を増した。

「いてっ! 分かった、分かったってば!」

 影山が手を離すや、ウサギは二本足で脱兎のごとく走り去った。もっとも、ウサギに “ごとく” はいらない。
 いなくなったウサギと引き換えに、影山の手に残された小さなガラスビン。ビンを軽く振れば、中の赤い液体がゆらゆらと揺れる。

(飲め、ってことか)

 しばらくじっとそれを眺めてみるも、なかなか踏ん切りがつかなかった。
 飲むか飲まないかの二択。『アリス』の物語を読んだことがないため、飲んでどうなるか想像がつかない。しかし、しょせん自分の夢の中だ。

(これは、治療薬だ。これを飲めば、俺の耳は治る)

 自己暗示のように心の中で唱えつつ、影山は意を決してビンの中身を一息に飲み干した。





 普段通りに目覚めた翌朝。
 影山は朝食のトーストをかじりつつ、寝ぼけ眼でテレビのスイッチを入れる。朝からテンションの高いアナウンサーが、今日の天気は晴れだと告げた。
 そこで初めて、周囲に音が戻っていることに気付いた。

(……やった、治ってる!)

 テレビの音も、スズメの鳴き声も普通に聞こえている。
 指をパチンと打ち鳴らし、影山はさっそく矢車に携帯電話で状況を伝えた。

 教師の声、クラスメイトの声、教室のざわめき。学校でも元通り、音を拾えることを再確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
 英語科準備室のドアを叩き、中に入れば、部屋にいるのは都合よく矢車ひとりだった。

「あれ、兄貴。目、悪かった?」

 眼鏡を掛けた矢車の姿は珍しい。影山は遠慮なく隣の椅子に腰かけると、矢車の机を覗き込んだ。

「デスクワークの時だけだ」

 矢車は眼鏡を外し、見るなよ、と影山の頭を押し退ける。机の上には、分厚い英語の辞書や参考書が並んでいた。一週間後の期末テストに向けた準備らしい。
 嫌なことを思い出したとげんなりしつつ、影山は昨夜の夢の内容を矢車に話した。

 ウサギがくれた小ビンの液体を飲んだところ、朝起きたら音が聞こえるようになっていた。つまりは、『DRINK ME』のおかげで治ったに違いない。

「……『DRINK ME』が治療薬?」
「うん。そんな気がする」
「いやに具体的だな」

 影山の言葉に耳を傾ける矢車は、納得いかないという表情で、頬杖をついた。
 そもそもなぜ『アリス』の世界を夢に見るのだろう。

「原因は分かんないけど。一時的なものだったんだよ、きっと」
「まあ……、これに懲りて、授業中に眠らないでいてくれるとありがたいな」

 椅子の背もたれに背を預け、矢車は苦笑を返した。

 影山にしてみれば、音が元通り聞こえるようになればそれでいい。昔から、ポルターガイストやらあれこれ奇妙な体験をしてきたので、自分はそういう体質なのだと諦めている。
 この世には説明できない現象が山ほどあり、今回の件はたいしたことではない。

 そんな風に気楽に考えていられたのは、まさかその夜も同じ夢を見るとは、文字通り夢にも思っていなかったからに他ならない。
関連記事



【始まりのアリス(1)】へ  【始まりのアリス(3)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【始まりのアリス(1)】へ
  • 【始まりのアリス(3)】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。