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始まりのアリス

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4.トランプの城


 やっとのことで森を抜けると、荘厳な城が視界に入った。城まで導いたチェシャ猫は、またもどこかへ消えてしまっている。

「……十七時か」

 矢車は手首を回し、腕時計を確かめた。
 まだ日は高いものの、すでに夕刻。現実の世界では、丸一日近く眠っていることになる。

 城門の前に立つトランプの門番は、少しの疑いも持たず二人を中へ通した。招待状さえ所持していれば、招待客の名前や顔はどうでもいいらしい。

 クロケーの開催場所である城の前庭は、トランプたちや小動物やらの見物客で埋め尽くされていた。
 群衆の中心で、注目を集めているのは物々しい行進。ダイヤ、クローバー、スペードのそれぞれのキングとクイーンの後を、緋色のベルベットのクッションの上に王冠をささげ持つハートのジャックが続き、行進の最後にハートの王と女王がやってくる。

 通り道を脇へ退き、矢車は影山の頭をぐいと上から押さえた。
 焦って頭を下げる影山の目の端に、兵士に連行される長い耳の持ち主が映り込んだ。

「白ウサギ!」

 うっかり叫んでしまい、慌てて口を押さえるも、タイミングが悪い。
 目前を通り過ぎようとしていたハートの女王が、ぴたりと歩みを止めた。美しいとは言いがたい女王の険しい顔が、影山の真正面に向けられる。

「この者たちの、首をはねよ!」
「この者 “たち”?」

 複数形なのは、横にいる矢車を含めてだろう。いきなり死刑宣告を受け、クローバーの兵士に両側から腕を捕えられた影山は目を白黒させた。
 どうしてこんな展開になったのか。同じく拘束された矢車に、影山は兵士の目を盗みひそひそ尋ねた。

「まさか、ここで死んだら、現実の世界に戻れるってオチじゃないよね?」
「それなら、とっととジギタリスを食わせてるさ」
「じゃ、何落ち着いてんだよっ」
「お前に呆れてた」

 真顔で矢車が肩を竦める。ハートの女王の無茶苦茶な恐怖政治は、『アリス』では有名な話だ。

 死刑宣告が下っても、すぐさま刑が執行されるわけでない。とりあえず連れて行かれた城の地下牢には、すでに十数人の姿があり、牢内は満員状態だった。

 囚人は、長いドレスを着た中年女性だったり、召使いだったり、フクロウだったり、ドードー鳥だったり。皆、女王の「首をはねろ」の一言で拘束されたに違いない。

 その中に、憔悴し項垂れた白ウサギがいた。
 しかしあまりにも沈んだ様子なので、声をかけづらい。どう話しかけようか思案していると、矢車が影山のポケットを叩いた。

「あの、これ、落とし物」

 影山は廊下のプールで拾った扇を思い出し、おずおずと白ウサギに差し出した。

「あ、どこでなくしたかと探してたんです」

 白ウサギはびっくりした様子で日本語で礼を言う。

 体のサイズが違うせいか、向こうは以前影山と会ったことを覚えていない。
 囚人同士のため警戒もないのだろう。聞いてくれとばかりに、白ウサギは自分の捕まった経緯を語り出した。

「私の作った飲み物が、毒薬だと言われました。身に覚えもないのに……。まったく、とんだ濡れ衣です」

 さめざめと泣き、身の不運を嘆く。毒などではないといくら訴えても女王は耳を貸さず、投獄されたのだという。
 毒と言われ、影山の顔はさっと青ざめた。

「もしかして、それ『DRINK ME』ってラベルのやつ」
「そうです。でも、ただの飲料水ですよ」

(……ただの、飲料水!?)

 白ウサギの言葉に影山は愕然とした。

 かつて影山が飲んだ小ビンは、毒でもなく薬でもない、ただの飲み物。耳が治ったのは『DRINK ME』とは無関係で、つまりは夢から覚める手段にはなり得ない。

 目の前が真っ暗になって隣を窺えば、矢車はくっくっと喉の奥で笑っていた。落胆した素振りもなく、白ウサギに確認を取る。

「それで、『DRINK ME』はもう持ってないのか」
「はい。全部女王さまに没収されました」
「なら、ここから出るのが先決だな」

 矢車は鉄格子の傍に寄り、周囲に視線を走らせた。見張り兵は、地下への入り口に立つ一人のみ。
 牢は堅固な造りで、壁も鉄格子も素手ではびくともしない。牢の鍵束は、お約束通り、見張りの兵士の腰に下げられている。

「どうするの?」
「オーソドックスな手で行く」

 訝しむ影山の前で、矢車はネクタイのタイピンを外すと、牢の外側に放った。

「おい、見張り! 来てくれ」

 呼ばれて、大あくびをしながら牢の前に近づいてくる見張り兵。床の上に転がるシンプルだが高価そうなタイピンに目をやり、ジロリと矢車を睨みつけた。

「大切なものなんだ。拾ってくれないか」

 切羽詰った口調で、鉄格子に張り付き懇願する。

「拾ってやるから。後ろを向いて、腕を上で組んでろ」

 兵士は用心のため、そう指示を出した。
 素直に矢車は鉄格子を背にし、頭の後ろで両腕を組む。兵士がタイピンを拾おうと腰を屈めた瞬間、ヒュッと風が鳴った。

 鉄格子を後ろ手でつかんだ矢車が、床を蹴って一回転する。強烈な蹴りが鉄格子越しに兵士の脳天に打ち落とされ、哀れな見張りはあっけなく床に昏倒した。

「死んでないよね」
「のびてるだけだ」

 矢車の返事にほっとし、影山は兵士の体から鍵をもぎ取った。鍵穴に鍵を差し込み、牢の錠を開く。
 白ウサギを筆頭に、囚人たちは口々に二人に礼を言い、外へと出て行った。
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