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始まりのアリス

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5.チェシャ猫は静かに笑う


 多勢に無勢な上、今回は相手が悪い。
 トランプの兵士たちは人間の姿を捨て、本来の小さな薄いカードとなって縦横無尽に宙を飛び交い始めた。まるで数多のかまいたちだ。

「かぶってろ!」

 スーツの上着を脱いで影山に投げ掛けると、矢車は襲ってくるトランプを蹴り落とした。紙とは思えない鋭利な刃が服を切り裂く。
 影山は矢車のスーツを頭からかぶり、体を丸めた。四方八方から刃が投げ付けられては、まさに手も足も出せない。

(なんとかしなきゃ……)

 焦って周囲を見回すものの、手近に武器になりそうなものは何もない。
 猛スピードで次々体当たりをかけるトランプたち。それを払う矢車の手足に、幾筋もの赤い線が走っていた。

「こいつらを消せ、影山!」
「え、消す!?」

 突拍子もない矢車の言葉に、影山は耳を疑った。

「言ったろ。お前が願えば、現実になる。お前は……」

 その声は途中で轟音にかき消された。トランプたちは竜巻のように矢車の周囲を回り始め、幅をどんどん狭めていく。高速で回転する巨大なミキサーは触れたら最後、切り刻まれてしまう。

 このままでは矢車が殺される。血に染まる姿を想像し、影山の心臓が凍り付いた。

「消せ、瞬!」

 矢車が下の名を叫ぶ。と同時に、意識の最奥で何かが弾けた。
 湧き上がった力が影山の全身に行き渡る。

(――消え失せろ!)

 心の中で無我夢中で叫んだ時、それまで形を成していた世界の様相が跡形もなく崩れた。





 最初に見た夢と同じ、ただ真っ白な世界。
 トランプたちはいなくなり、白い世界に、影山と矢車、そしてチェシャ猫だけが取り残されていた。

「どう……、なったんだよ」

 影山は呆然とした面持ちで立ち尽くす。願った通りにトランプたちは消えた。特に何かをしたわけではないのに。

「覚醒した? エライ、エライ」

 白い空間の中、同じ目の高さに浮かんだチェシャ猫が影山に話しかけてくる。
 影山たちを窮地に陥れておきながら、悪びれた様子もない。

「なんで、お前は消えないのさ!」
「オレは、この世界に属してないから」

 咎めるような視線をチェシャ猫はニヤニヤ顔で受け流す。

「元の世界に戻るには、あとひとつ、やらなきゃいけないよ」

 ふわふわ浮かんだまま、影山と矢車を交互に見て告げた。
 そういえば、と影山は自分の足元に視線を落とす。上も下もないこの空間は、夢と現実との境目。まだ完全に目覚めていない。

「妖精の手袋、試してみる?」

 チェシャ猫が前足で影山のポケットを示した。
 ポケットを探った指に二つのものが触れる。一つはジギタリス、もう一つに、先程矢車に渡された『DRINK ME』のビン。

「チャンスは一度。間違えば、おしまい」

 掌の上で白い花と薄赤い液体を見比べる影山を、猫は面白そうに眺めている。どちらかを選べということだろう。

「兄貴……」

 影山は当惑して矢車に目を向けた。固い表情の矢車は、唇をわずかに動かしただけで声は出さない。どうすべきか教えて欲しかったけれど、待っても答えを返してくれなかった。

 決めるのは自分自身。
 ジギタリスを食べれば、毒で死ぬかもしれないし、『DRINK ME』を飲めば、一生この世界に留まるかもしれない。

 チェシャ猫は一体何者なのか。少なくとも、影山にジギタリスを選ばせたがっているのは確かだ。

(迷うこと、ないよね)

 顔を上げた影山の手から、ゆっくりと白い花が滑り落ちる。

 トランプたちを消すことができた理由は分からない。チェシャ猫の言うような覚醒だとは思えない。それでも、矢車の言葉がいつも影山を助けてくれた。

(俺は、兄貴を信じてればいい)

 影山は思い切って小ビンの蓋を開け、中の液体を喉の奥に流し込んだ。

「残念。そっちを選んじゃった」

 チェシャ猫の声が遠くで聞こえたが、影山の意識はもうそこにはなかった。
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