紅の箱舟(アーク)

紅の箱舟(2)

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 矢車は、冷静に少年の言葉を反芻した。
 彼は以前は人間だったと言う。だが今は、影山に擬態している。裏を返せば、今現在、ワームということだろう。

(人間をワームに変える? 誰が、何の目的で?)

「影山の擬態なら、なぜ君は子供の姿なんだ?」

 とりあえず答えてもらえそうな質問を、矢車は投げかけた。
 あ、そっか、と少年は自分の体をぐるりと見回す。

「カゲヤマの記憶をコピーしてるから、過去の姿にもなれるんだ。……こっちの方がいい?」

 言うと同時に、少年は一瞬で姿を変えていく。矢車の前に立つのは、紛れもなく成長した現在の影山だった。

『あんたは、もう必要ない』

 あの時の、裏切りの面影がだぶる。
 苦い顔をした矢車に気づき、戸惑いながら少年は元の姿に戻った。

「……多分、俺の本当の歳がこれぐらいじゃないかな、って思う。この姿が一番具合がいいから」

 昔のことは記憶になく、自分の名前さえ分からない少年。
 自由になりたいが為、閉じ込められていた場所から逃げ出した。連れ戻しに来たのが、公園に現われたワームというわけだ。

(この少年を、ZECTに引き渡すべきか……)

 少年の話を信じてよいかすら判断がつかない。
 雨は依然として降り続き、今日はもう止みそうになかった。

「もう少し、詳しく話を聞かせてくれないか。後のことはそれから考えよう」

 このままここにいたのでは、自分はともかく少年が風邪をひいてしまいそうだ。夕刻になり、空気も冷たくなってきた。
 少年に呼びかけようとして、矢車は彼の呼び名がないことに思い当たった。

「やっぱり名前がないと不便だな」
 困ったように首をかしげる。

「カゲヤマでいいよ?」
「君は、影山じゃない」

 臆面もない少年の提案を、矢車はきっぱりと退けた。擬態は、あくまで擬態だ。本物にはなり得ない。
 それじゃあ、と少年は何やら考えている。

「カゲヤマの下の名前は、何?」
「……瞬、だ」

 知ってはいても、普段は呼ぶことのない部下の名前。それを口に乗せることは、なんとなく気恥ずかしさを感じた。

「矢車さん、カゲヤマのことは名字で呼んでるでしょ。なら、俺のことは "シュン" て呼べばいいんじゃない。ちゃんと区別できるし」

 そう言われて、矢車は思い切り眉根を寄せる。
 区別がどうのという問題ではない。影山とこの少年を、重ねることはしたくなかった。

「別に、そんなに深刻に考えなくてもいいじゃん。同じ名前なんて、いくらでもいるんだし」

 こんな子供に見透かされるほど、顔に表れていたのだろうか。
 自嘲の笑いをこぼして、矢車は言った。

「分かった。よろしくな、シュン」





 セキュリティ万全のマンションは、ZECTが隊員にあてがっている寮だった。
 矢車だけでなく、多くの独身隊員が住居に使っている。

 万一の場合、ZECTに連絡が取りやすいことも考え、矢車は少年をマンションに連れて来た。入口の監視カメラは、二人の姿を映しているはずだ。

「ほら、これ着てろ」

 矢車はシュンにジーンズとTシャツを放ってやる。少年にはだいぶ大きいが、濡れた衣服を着ているよりはましだろう。

「矢車さん、こんな服も持ってるんだ。スーツだけだと思ってた」
「いつもスーツなわけないだろう」

 自分もラフな格好に着替えながら、矢車は苦笑した。

 一人暮らしながら、きちんと片付いた部屋。余分なものは一切なかったが、キッチンだけは色々な調理器具や調味料が所狭しと並べられている。

「さて、じゃあ、夕飯は久しぶりに腕をふるうか」

 シュンが服を着替え終えるのを待って、矢車はキッチンへ向かった。

「え、矢車さん、料理できるの?」
「ああ、プロ並みだ」

 にこりと笑ってみせると、シュンは心底驚いているらしい。

(……こんなところまで一緒、か)

 少年の反応のひとつひとつが、影山が初めて矢車のマンションを訪れた時を思い起こさせる。
 擬態は、記憶も人格もコピーするという。ならば、と矢車は苦々しく表情を曇らせた。

 この少年もやはり、自分を裏切るのだろうか――。





 翌朝、ZECT本部に呼び出された矢車は、隊員たちの態度が妙によそよそしいことに気付いた。
 シャドウからはずされたことが、噂として広まっているのかもしれない。針のむしろのような居心地の悪さを覚えながらも、矢車はまず影山を探した。

「……影山!」

 元上司の呼びかけに、影山は露骨に顔をしかめる。

「あんたか、何の用?」
「聞きたいことがある。お前の擬態のことで」

 影山の豹変ぶりを、今は問い詰めない。本題の方を、矢車は優先させた。

「俺の擬態……? 何のことか分からないけど、あんたにはもう関係ないんじゃない? ZECTの人間じゃないんだし」

 影山は矢車と目を合わせようとはせず、そう告げた。

「……どういうことだ?」

 今度は、矢車が聞く番だった。

「三島さんのところに行けば分かるよ」

 相変わらず視線をそらしたままそれだけ言って、影山は矢車を押し退けるように歩き去る。
 わずかに眉を寄せて、矢車はそれを見送った。もはや何を言っても、影山は自分の言葉を聞き入れそうにない。

 やりきれない気持ちで三島のもとに向かった矢車を待っていたのは、余りにも突然の解雇通知。
 影山が言ったのは、このことだったのだ。



※矢車さんの受難が始まります。こういうの書くのは胃が痛い・・・(苦笑)。
矢車さんの日常とその転落が今回のメインです。ああ、やっぱり胃がイタイ・・・(--ゞ
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