紅の箱舟(アーク)

紅の箱舟(3)

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「クビ……ですか。なぜ?」

 さほど驚きも見せず、矢車は射るような視線を三島に向ける。
 いつも通り無表情な三島からは、何も感情を読み取ることができない。

「ワームをかくまっているだろう」
「ええ」

 互いに探りを入れながらも、核心に触れる。

「ワームといっても、もとは人間だったようです。彼は、自分を『アダムⅡ』だと言っていました」
「そうか」

 淡々と話す矢車に三島も動じる様子はない。背を向けて、眼鏡を掛け直しただけだ。

 ワームに変えられた人間は、『アダム』というコードネームを付けられる。アダムが現在何人いるかは不明だが、『アダムⅠ』は、今もどこかに監禁されている。
 それが、昨夜シュンから得た情報だった。

「ZECTとワームは、どういう関係なんですか?」

 尋ねた矢車自身、答えが返されるとは思っていない。三島の態度から自ずと知れた。
 人間をワームに変える実験のことも、ZECTは知っている。むしろ、認めるだけでなく、加担しているのかもしれない。

「それ以上知ると、君の安全は保証できんな」

 三島はドアのほうへと踵を返すと、矢車に顔を近づけ、囁くように言い残す。
 そして扉が、矢車の目の前で閉ざされた。

(脅し……か)

 部屋に残された矢車は、握った拳に力を込めた。
 まずい事になったものだと、どこか冷めた気持ちで、矢車は自分の置かれた状況を分析する。たとえ今少年をZECTに渡したとしても、機密事項を知った自分を放っておくほど、ZECTは甘くない。

 足早にマンションに戻った矢車は、悪い予測が的中したことを悟った。

「……不法侵入、ね」

 いつもきちんと片づいた室内は、ひどく荒らされ、ひどい有様に変わっていた。
 割られた食器類、散らかされた衣服や本。足の踏み場もなく散乱した書類の一枚を拾い上げ、矢車は溜め息をつく。
 それは、ZECTに提出するはずの、当たり障りない慣例的な報告書。

 押し入った何者かは、目当てのものを見つけられず、怒り狂っているに違いない。
 連中の目的は、ワームの少年だろうから。あらかじめ、シュンを別の場所に移しておいたのは正解だ。

「見つかっていないとは思うが……」

 敵の動きは思った以上に早い。
 自分にとっての敵は、ワームなのか、ZECTなのか。いまだ、心の中で明確な答えは出ていない。

 部屋の惨状をそのままに、矢車はマンションを出ると、少年のいる場所へと急いだ。

 大通りから外れた、小さなビジネスホテル。
 しかしシュンを待たせておいたそこに、探す人物の姿はなかった。

「503号室の男の子、見なかった?」

 すぐさま矢車はフロントに聞いた。たいして流行っていないこのホテルで、子供の客は珍しい。外に出たのであれば、従業員の記憶に残っているだろう。

「ああ、はい。何人かの男の方たちと出て行かれましたよ」

 フロントの言葉に、矢車は軽く舌打ちする。

 シュンを連れて外に出る際、マンションの監視カメラには当然細工をしておいた。だからこそ、少年がまだ矢車のもとにいると考え、部屋に侵入したのだろう。少年がいないことを知り、手がかりを探して部屋を荒らした、と考えるのが妥当だ。
 
 なのに、あまりにも簡単にシュンの居場所を察知されていることが解せなかった。少年に発信機の類が付けられていないことは、確認している。

(ワームの感知能力か?)

 少年は昨日、ワームに襲われていた。もしあれが、シュンを襲っていたのではなく、連れ戻そうとしていたのだとすれば。
 裏で動いているのは、ワーム、もしくはワームとつながったZECTの一部。

(エリアX……)

 渋谷廃墟のどこかから、シュンは逃げ出してきたと言った。
 広大な敷地面積のZECTの研究施設が、渋谷廃墟の一角、エリアXにある。
 かつてはZECTの中心であったが、隕石落下後はその機能を失い、今ではすっかりさびれた廃屋と成り果てていた。

 使われることもなく、うち捨てられた建物は、どことなく不気味で。秘密の人体実験が行われているらしい、という都市伝説じみた噂も世間で囁かれている。

「鬼が出るか、蛇が出るか」

 胸の隠しにしまった銃を確かめ、矢車はエリアXへ乗り込む決意を固めた。






「……殺す? 矢車を?」

 影山は驚いて、その命令を下した人物に問い返した。

「そうだ。あの男はワームをかくまっている。我々ZECTを、ひいては人類を裏切った」

 戸惑いを隠せない影山に、三島は眉ひとつ動かさずに再度告げる。

「命令だ。矢車を、抹殺しろ」

(俺、が……?)

 三島の言葉をどう受け止めればよいのか、影山には分からなかった。
 矢車がZECTを裏切ったことも、自分が矢車に引導を渡さねばならないことも。すべてが、現実感を伴わない、別世界の絵空事のように思われた。
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